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SCREEN127 ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

 誰にも言えない、言いたくない、想いを抱えて 公式サイト

 この映画、観たのは2月なのですが、ずっと心の隅に引っかかっていました。
物語の核心ともいうべきところをどう解釈していいのか、分からなかったからです。
(以降はネタバレになるかも知れません。気にされる方は映画を御覧になってから読んでみて下さい。)

  9.11で大好きな父親を失った少年オスカーが、父の遺品の中に鍵を見つけ、その意味を探そうとするこの物語。
オスカーは性格的に人と接するのが苦手で、自分を鼓舞するためにタンバリンを持ち歩き鳴らしながら、人を訪ねて歩きます。
 当初観客には、オスカーが父の面影にこだわり続けるのは、父への思慕や、父を失ったことを受け入れたくない感情からのように見えていました。
ところが終盤になって実はそれだけではなく、オスカーはある罪悪感からも父の死に捉われていたことが明らかになるのです。
 なぜ映画(原作)は、オスカーにそんな"罪"を負わせる宿命を課したのでしょう?
喪失感を描くだけでも物語として十分成立するはずなのに?

 映画には途中からオスカーと行動を共にする、言葉を失くした老人が登場します。
彼は昔のある出来事によって声を出せなくなったらしいのですが、彼の過去に何があったのか、老人は語りたがりません。
 また、オスカーが鍵の出所を探して訪ね歩く人々は、どれも一癖ある人たちばかりです。
  離婚寸前の夫婦、
  話をしていると何度もハグしてくる人、
  話を聞こうともせずに追い返す人。。。
彼らがそうするには何か”訳”がありそうなのですが、映画ではそれらは一切語られません。
 なぜ意味ありげな人達を登場させておきながら、一切説明をしないのでしょう?
9.11という一般には理解しがたいテロによって奪われた人々、
不条理なこともあるがままに受入れよという示唆なのでしょうか?

 先月は3.11から1年、
TVではその日が近づくと3.11の特集番組がいろいろ放送されました。
私は幾つかを部分的に観て、幾つかを記録として録画しておいたまま、
ずっと放置していました。
私は首都圏にいて大きな被害を受けたわけでもないのですが、
あの頃を振り返るのはまだちょっと気が重かったからです。
 最近になってそれらを観始めた時、ふと思いました。
未曾有の災害を前にして、我を失った人たちは少なくなかったはずです。
気が付くと目の前に迫る大津波に、我先に逃げ出していた人、
傍にいた人に手を差し出せば助けられたかもしれないのに、
自身の危険を感じて手を伸ばせなかった人。
あの時何かもっとやれることがあったはずと、悔んでいる人もいるはずです。
 そういった人達は今、心の奥に後ろめたい罪悪感を抱えているかもしれません。
でもそんな想いは誰にも話せないし、話したくないでしょう。

 「ものすごく…」のオスカーが罪悪感という秘密を抱えていたのは、
そんな人達を代弁するためだったのではないでしょうか。
口がきけなくなった老人も過去にそんな経験をしたために、
それを打ち明けたがらないのでは?
オスカーが出会うちょっと変わった人達も、
なにかしら似たような傷みを抱えて生きているのでは?
 だとしたら、生き辛いのは自分だけではなく皆同じ、誰もが何かしら持っているもの。
あの時は勇気が出なかったけれど、今度はタンバリンを鳴らして向かっていこう、
次はもう少し前に踏みだせる。。。
 そんなことをあの映画は伝えたかったのではないでしょうか。

 そう思い至った時、あの物語が2ヶ月目でやっと腑に落ちた気がしたのでした。
                                      (☆☆☆)

# by am-bivalence | 2012-04-13 22:20 | 人間ドラマ | Trackback | Comments(0)

SCREEN126 ヒューゴの不思議な発明

 3D演出が楽しい3Dで観るべき映画  公式サイト

 「アバター」のヒット以来、完全に市民権を得た3D映画。
「でも3D映画って、単に奥行きがあるだけじゃん」って思っているあなた、
3D映像の表現力を侮ってはいけません。
そういう人にはこの「ヒューゴの不思議な発明」を観て頂きたい。

 冒頭、カメラがパリの駅構内を横断していく1ショット撮影から始まって、
ヒューゴが住む迷宮のような駅舎内を縦横に動き回る時の臨場感。
 あるいは後半の映画撮影スタジオで水槽越しに海底シーンを撮るカットの
実際に水槽を前にしているようなリアリティ。
 駅構内でヒューゴが彼を目の敵にする鉄道公安官に尋問されるシーンでは、
「ボラット」の怪優サシャ・バロン・コーエン演じる公安官の顔が飛び出して迫ってくる
演出に、おもわずニヤリとさせられました。
スコセッシ監督、3Dで遊んでます(笑)。
 最初、スコセッシ監督が3D映画を作ったのが意外でしたが、
実際に映画を観てみると、監督自身、以前から立体映像が好きだったというのが分かる気がします。
昔の記録映画のカットをコンピュータで3D化してみせるのも、
こんな使い方があったかと、ちょっと新鮮でした。

 もう一つ意外に思っていたのが、「タクシードライバー」「ディパーテッド」の
スコセッシ監督が児童文学を映画化したこと。
お孫さんにも観せられる映画を撮っておきたかったのかと思ったのですが、
(実際に娘さんに観せられる物を作りたかったのも動機だそう)
話の中核が最初のSF映画と言われる「月世界旅行」を撮ったジョルジュ・メリエスだったことで納得しました。
スコセッシ監督、フィルムの退色問題に抗議して「レイジング・ブル」を白黒で撮ってたんでした。
古い映画への憧憬、保存問題への造詣の深さは人一倍のはず。
この原作を映画化するのはスコセッシ監督ならではの選択でした。

 出演陣もクリストファー・リー、ジュード・ロウと豪華ですし、
ちょっとハツラツ演技過剰ながらクロエ・グレース・モレッツも可愛い(笑)。
蒸気と歯車のレトロな世界観は好みが分かれるかもしれませんが、
どんな年齢層でも楽しませてくれる映画なのでした。
                                 (☆☆☆)

# by am-bivalence | 2012-03-24 23:15 | ファンタジー | Trackback | Comments(0)

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