劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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カテゴリ:ファンタジー( 14 )

 3D演出が楽しい3Dで観るべき映画  公式サイト

 「アバター」のヒット以来、完全に市民権を得た3D映画。
「でも3D映画って、単に奥行きがあるだけじゃん」って思っているあなた、
3D映像の表現力を侮ってはいけません。
そういう人にはこの「ヒューゴの不思議な発明」を観て頂きたい。

 冒頭、カメラがパリの駅構内を横断していく1ショット撮影から始まって、
ヒューゴが住む迷宮のような駅舎内を縦横に動き回る時の臨場感。
 あるいは後半の映画撮影スタジオで水槽越しに海底シーンを撮るカットの
実際に水槽を前にしているようなリアリティ。
 駅構内でヒューゴが彼を目の敵にする鉄道公安官に尋問されるシーンでは、
「ボラット」の怪優サシャ・バロン・コーエン演じる公安官の顔が飛び出して迫ってくる
演出に、おもわずニヤリとさせられました。
スコセッシ監督、3Dで遊んでます(笑)。
 最初、スコセッシ監督が3D映画を作ったのが意外でしたが、
実際に映画を観てみると、監督自身、以前から立体映像が好きだったというのが分かる気がします。
昔の記録映画のカットをコンピュータで3D化してみせるのも、
こんな使い方があったかと、ちょっと新鮮でした。

 もう一つ意外に思っていたのが、「タクシードライバー」「ディパーテッド」の
スコセッシ監督が児童文学を映画化したこと。
お孫さんにも観せられる映画を撮っておきたかったのかと思ったのですが、
(実際に娘さんに観せられる物を作りたかったのも動機だそう)
話の中核が最初のSF映画と言われる「月世界旅行」を撮ったジョルジュ・メリエスだったことで納得しました。
スコセッシ監督、フィルムの退色問題に抗議して「レイジング・ブル」を白黒で撮ってたんでした。
古い映画への憧憬、保存問題への造詣の深さは人一倍のはず。
この原作を映画化するのはスコセッシ監督ならではの選択でした。

 出演陣もクリストファー・リー、ジュード・ロウと豪華ですし、
ちょっとハツラツ演技過剰ながらクロエ・グレース・モレッツも可愛い(笑)。
蒸気と歯車のレトロな世界観は好みが分かれるかもしれませんが、
どんな年齢層でも楽しませてくれる映画なのでした。
                                 (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2012-03-24 23:15 | ファンタジー | Comments(0)
 我々は皆「借りぐらし」している?  公式サイト

 以前、仕事がやたら忙しかった頃、いくらこなしても尽きない仕事量に、
同僚が休憩室でこんなふうにぼやいていたことがありました。
「俺たちが帰った夜中にさ~、小人さんが現れてさ~、
代わりに仕事やってくれないかなあ~、
朝来たら仕事が片付いてた。。。な~んて、ないかなあ。」
 妄想です。

 「借りぐらしのアリエッティ」では、小人が人間を手伝ってくれることはありません(笑)。
というより彼らは人間との接触を完全に避け、
見つからないことを掟にして暮らしています。
床下に隠れ住むアリエッティの暮らしは、
屋根裏に隠れて暮らしたアンネ・フランクをちょっと連想させます。
アンネと違って恐怖と不安が付きまとうわけではないんですが。。。
むしろアリエッティは隠れながらの「借りぐらし」のスリルを楽しむような子です。

 人間の持ち物から生活に必要なものを調達していくアリエッティ達の行動を
「借りぐらし」と呼ぶのに、ちょっと違和感を感じるかもしれません。
ただの泥棒じゃないかと思う人もいるでしょう。
でもそんな批判は、脚本の宮崎駿も百も承知、
だからお手伝いのハルさんに"泥棒小人"と言わせているのですよ。

 そもそも、プリミティブな人間(生き物)の暮らしというのは、
周囲の環境(自然)から生活の糧を“拝借”してくるものでしょう。
だから「借りぐらし」は「狩りぐらし」と同義。
 狩猟生活をしている民族は所有という概念があまりなく、
暮らしの糧を与えてくれる自然に謙虚に感謝していました。
農耕を始めたことで土地を"所有"し、他生物を締め出して、
備蓄可能な食糧を手に入れたことから自分の周りに財産を築き、
万物の霊長と慢心してきたのが人間。
 でもね、およそ全ての生物は、この世界では「借りもの」でしかなく、
「自分の物」なんてないんです。
だって自分自身だと思っている肉体でさえ、死んでしまえば分解され、
土に帰り、他の物の一部に"リサイクル"されていくじゃないですか。
そういう意味では、私達は皆「借りぐらし」しているんです。

 翔に「君たちは滅びゆく種族」と言われたアリエッティが
生き生きと生命力に溢れているのに対し、
67億人いる人間代表の翔は胸を患っていて覇気がないという皮肉。
 いや、これはアイロニーではないのかもしれません。
人口減少が始まり活力を失ってきている日本と、
生き抜くスキルを持っているアリエッティ達と、
滅びゆくのはどちらなのでしょうか。

 映画にかこつけて、ちょっと厭世的に聞こえる話になってしまいました。
素直に観ればアリエッティから元気がもらえる映画です。
お父さんが頼りがいがあるのもジブリ映画としては異色?
(ポッドのように周りの物から何でも作りだす才能を持つお父さんは
めったにいないんじゃないでしょうか。)
後継者難に悩むスタジオ・ジブリ、初監督とはいえ米林監督、
風に揺れる蔦や花々など丁寧に動かして、肌理細かな演出をしてます。
でもなんか地味か(笑)。。。
                   (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2010-09-03 23:50 | ファンタジー | Comments(0)
 観ておきながら感想を上げていなかったものを、
少しでも簡単に書いておこうと思います。

screen73 スピードレーサー  公式サイト

 言わずと知れた初期タツノコ・アニメの名作「マッハGoGoGo」のハリウッド実写化。
(「スピードレーサー」は「マッハGoGoGo」のアメリカ放映時タイトル)
 ウォシャウスキー兄弟は、今観るとかなり無理のある
「スピードレーサー」のカー・レースの世界観を
(なにせ、「マッハGoGoGo」の製作スタッフは誰も車の免許を持っていなかったらしい)
近未来という設定にして、ずいぶん忠実に再現しています。
キャストも主役以外はオリジナルのキャラクターによく似せています。(特にお父さん!)
 ただ、色彩が見ていると目がチカチカするぐらい、ケバイ。
これはアメコミ調というより、テレビゲーム調でしょうか。
CGフル活用のレースシーンなどは、まさにテレビゲーム画面といった雰囲気。

 映画前半で、主人公が信じていたレース界が、
全く違った面を持った裏があることが明らかになるのですが、
このあたり、「マトリックス」の世界観を連想させて、
ウォシャウスキー兄弟らしいアレンジ、と言えるかもしれません。
そして個人の意思がそんな世界を変えていくという点も。

 それにしてもマッハ号のデザインは今見ても古さを感じさず、カッコイイ!
レーシングカーが最も美しかった60年代に作られただけあります。
 エンドタイトルに日本語のオリジナル主題歌が流れるのも、
オールドファンには感涙物でした。
                        (☆☆)


screen74 ミラクル7号  公式サイト

 「カンフーハッスル」の単純明快な勧善懲悪、マンガそのものの映像表現、
良い意味で予想を裏切る大ボラ吹きなストーリー展開で、
すっかりチャウ・シンチー監督が好きになり、観に行った映画です。

 ただ、チャウ・シンチーの「少林サッカー」「カンフーハッスル」とは毛色が異なり、
「ミラクル7号」はカンフーを見せるわけではありません。
「ドラえもん」や「オバQ」のように、主人公と同じ小学生位の世代に向けて作った映画です。
小学生が喜びそうな、うんちネタのギャグがある点などもそのためでしょう。

 しかし「ビンボーでも実直に生きれば尊敬される」と直球に言い切ってしまうなんて、
今時、チャウ・シンチーでなければ表現できません(笑)。
 単純明快なストーリーで、途中で展開が見えてしまいますが、
クライマックスはほろりとさせられて、意外?と感動させてくれます。
子供と安心して観にいけるという意味では、
ジブリアニメと並んで貴重な存在ではないでしょうか。
                        (☆☆)
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by am-bivalence | 2008-07-20 00:19 | ファンタジー | Comments(0)

screen68 ペネロピ

 現代的「お姫様」像に好感のファンタジー  公式サイト

 「みにくいアヒルの子」って童話、好きじゃないんです。
他と違ったアヒルの子が、どこでも醜いと言われていじめられてしまうだけれど、
成長すると美しい白鳥になった。。。っていうお話。
 醜いアヒルの子は結局美しくなることでしか、救われないのでしょうか。
醜いままだったら、アヒルの子には価値がなかったのでしょうか。

 「美醜」を問題にしているのではないのです。
容姿に限らず、誰でも何かしら欠陥があるしょう。
才能や能力にも人それぞれ長短があって、
人によって出来ること、出来ないことがあるはずです。
それでも、そんな自分と折り合いをつけて、
何とか生きているのが普通の人だと思うのです。

 アヒルの子は醜いなら醜いなりに生きる方法はなかったのでしょうか。
アヒルの子は醜いままですが、他より遠くまで飛べるとか、
仲間に献身的だとかで、認められて生きていくなら、いい話だと思うのですが、
”醜い”という自分ではどうしようもないことで悩んで、
結局 ”美しく”なったことが救いなら、
多くの人は救われないんじゃないでしょうか。

 長々と「みにくいアヒルの子」批判をしてしまいましたが、
「ペネロピ」を観た人ならば、なぜこんな話を書くのか解ってもらえると思います。
「ペネロピ」は、「みにくいアヒルの子」への疑問にひとつの答えを示していました。
 呪いで豚の鼻と耳を持って生まれてきたペネロピは、
結局、呪いを解いてくれる王子様を求める生き方をしませんでした。
ペネロピが両親の保護からも離れて自立しようとするのも、現代的で共感できます。
ビアジョッキからビールをストローで飲む姿もキュートでした。
 大人が、特に若い女性が、楽しめるファンタジー映画だと思います。
                                   (☆☆☆☆)
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by am-bivalence | 2008-06-08 00:44 | ファンタジー | Comments(0)
 原作の持ち味を保った総集編  公式サイト


 私がいつも聞いているポッドキャスト番組の一つが「シネマpeople」
GAGAの映画情報番組なんですが、ゆるい雰囲気が好きで
映画番組というよりも、バラエティとして楽しんでます(^^)。
 その「シネP」で一押ししていた「ライラの冒険 黄金の羅針盤」。
(まあ、GAGAさん配給なんで)
三部作にするみたいだし、これは押さえておかなければいけないでしょう、
ということで観に行ってきました。

 ハリー・ポッター以降、ファンタジー文学や児童文学の映画化が
めっきり多くなりました。
(その分、「スター・ウォーズ」以降隆盛を誇っていたSF映画が、
全くと言っていいほど無くなってしまったのが寂しい限りですが。。。)
この「黄金の羅針盤」もそんなファンタジー文学の映画化。
 この原作、川嵜さんの御推薦もあって読んでみたんですが、
なかなか面白いんです。
普通の児童文学とはちょっと違う、
と言うより、児童文学の範疇を外れたような内容になっています。

 まず登場人物が児童文学とは思えない一癖ある者ばかり。
おてんばな主人公ライラ自身、嘘をつくのが得意というキャラですし、
その出生も複雑です。
ライラの両親は既成の道徳観などを超えた行動をする人たちで、
いわゆる"いい人”ではないのです。
なにしろ三部作のクライマックスで彼らが戦うのは"神”なのですから。
まあ、神学論に素粒子理論を混ぜたような世界観は、
キリスト教文化圏にない人間には興味が湧かないかも知れませんが。。。

 原作はともかく、肝心の映画はというと、
内容的には、原作にほぼ忠実です。
ただ、長いストーリーを映画の中に押し込んでいるので、
TVシリーズのダイジェスト版を観ているような印象でした。
細かい世界観の説明、
 ダイモンを掴まれると人は動けなくなるとか、
 極寒の地でも魔女は薄着で平気とか、
も省かれています。
原作を読んでいなくても映画としては分かりますが、
原作を読んでいれば、もう少し話の展開についていきやすいでしょう。

 一番意外だったのは、原作の第一部を最後までやらなかったこと。
第二部につながるラストに至る前に終わってしまったのは、
なぜでしょう。
 第二部以降の話の展開を原作からちょっとアレンジするのか、
第一部がコケたら、第二部以降が製作できなくなるので、
とりあえず完結させたのか、
単に上映時間が足りなかっただけなのか。。。
 気になるところです。

 それにしても、小説で想像していた世界が
映像で見られるのは楽しいものです。
よろいをまとったクマ達とか、人間について歩くダイモンたち、
飛行船の飛び交うロンドン、
アレシオ・メーターの針が動いて真実を示す様子、
実際に眼にするとわくわくします。
 美しいが冷酷でドSなコールター夫人にニコール・キッドマンなど、
キャスティングも悪くありません。
 第二部以降、出てくるミュレファ族もどんな姿に描かれるのか、
今から楽しみです。
      (☆☆)
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by am-bivalence | 2008-04-11 23:17 | ファンタジー | Comments(2)
 先端技術CG"アニメーション"の習作  公式サイト

 私に3D映画の可能性を教えてくれたのは、
今は無くなってしまった軽井沢のアイマックスシアターで観た
「ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密」でした。
 それ以前にも偏光メガネなどを使ったカラー立体映像は、
東京ディズニーランドの「キャプテンEO」で観ていましたが、
「キャプテンEO」がVFXの合成された映像だったのに対し、
実写映像を立体視する「タイタニックの秘密」は、臨場感が別格で、
目の前に実物を見ているようでした。
(カラーの立体映像がこれほどリアリティーがあるなら、
火星や深海底の無人探査機に利用すれば、
人間が実際に行ったように調査ができるんじゃないでしょうか。)
以来、3D映画は機会があれば観に行くようになりました。

 で、今回の「ベオウルフ/呪われし勇者」、
3D映画で上映していなければ、観に行かなかったかもしれません。
俳優をモーションキャプチャーして、俳優そっくりのCGキャラクターを動かすことに
どれほど意味があるのか、疑問に思っていたからです。

 "パフォーマンスキャプチャー"の利点をゼメキス監督は、
俳優の動きを特殊メイクなどで制約をつけず、自由にできること、
俳優の外観に捉われることなく映画を作れること、などと語っています。
だったら、CGキャラクターと俳優を同じにする必要は無いじゃないですか。

 「ロジャー・ラビット」でアニメーションと実写を見事に融合させ、
「フォレスト・ガンプ」でトム・ハンクスとケネディ大統領を握手させて見せた、
コンピューター画像技術大好きのゼメキス監督、
今のお気に入りは「ポーラー・エキスプレス」で使った
"パフォーマンスキャプチャー"のようです。
CGが安く製作できれば、大規模なセットもいらないし、
役者の撮影も短期間で、ギャラも安く済むらしいです。

 結局、本作はまず"パフォーマンスキャプチャー"ありきで、
CGキャラクターを俳優そっくりにしたのは、
誰が出演しているのか観客に分かる様にする、
興行的な配慮だったんでしょう。

 実際に観てみると、CGキャラクターの動きがリアルとはいえ、
テイストはやっぱりCGアニメーションです。
でも、この映画の英雄伝説絵巻といった雰囲気には、
それが意外と合っているようです。

 本作ではベオウルフが魔物の母に誘惑されることが、
物語の重要な要素となっていますが、
これはこの脚本オリジナルの新解釈で、
元の英雄叙事詩にはないものだそうです。
 この脚色が秀逸で、必然的に内容は大人向けのものとなり、
英雄伝説を人間的にして、映画に艶を与え、
物語を面白くするのに成功しています。

 立体映像はそれなりに迫力があって、
天から唾液やら、血やら降りかかってくるシーンは
思わず避けたくなる臨場感です。
 ただ、怪物グレンデルや、クライマックスのドラゴンの巨大さが
立体映像でもう少し感じられたらよかったんですが。
ここでもCGは、まだ実写のリアリティーに及ばないようです。

 以前、ジェームズ・キャメロン、ジョージ・ルーカスなどが集まって
映画の未来について対談した時、
3D映画となっていくことは、全員の意見が合ったといいます。
 「スターウォーズ」の3Dバージョンの企画が進行しているようですが、
いつか頭上を進むスター・デストロイヤーの立体映像を、
是非映画館で観てみたいものです。
                 (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-12-13 23:21 | ファンタジー | Comments(2)
 悲劇か、ハッピーエンドか、
   ファンタジーを信じられるかで解釈が全く違う
  公式サイト

 スペイン内戦と聞くと、私はある種の感慨を持ってしまいます。
高校の頃、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」や、
写真家ロバート・キャパの「ちょっとピンボケ」を読んで興味を持ち、
スペイン内戦とは何だったのか、歴史を調べてみたことがあったからです。

 スペインは昔から政情が不安定で、内戦を繰り返しているんですが、
フランコ反乱による内戦は、いわばファシズムと反ファシズムの
第二次大戦前哨戦でした。
世界中から集まった義勇兵の善戦も空しく、
内戦はファシズムの勝利で終わります。
 それは、世界には不条理なことがたくさんあって、
正しい者が必ずしも報われるわけではないことを示した、一つの例でした。

 第二次大戦中のスペインという、
死が身近にありふれていた時代を背景にしたこの映画ほど、
現実と空想の世界の関連を描いたものは、珍しいのではないのでしょうか。
現実からの逃避と見られがちなファンタジーの側面を、
直接的に問いかけているのです。

(以下、ネタバレアリ)

 過酷な現実の中で、夢の世界へ入り込むオフェイリア。
嘘と苦痛の無い魔法の国に行くというのは、
本当に現実逃避として生み出されたものだったんでしょうか。
 着たくないドレスを汚したり、食事を抜かれた後に
迷宮内で御馳走に出会うのは、現実の意趣返しのように見えますが、
迷宮での体験は決して現実より心地良いものではありません。
最後の試練でも、オフェイリアが本当に逃げ出したいと思っていたなら、
弟を犠牲にしたのではないでしょうか。

 またオフェイリアは、マンドラゴラの根で母親を助けようとします。
それは成功したように見えましたが、
空想を受け入れるゆとりのない母親達によって
彼女の願いは砕かれてしまいます。
オフェイリアのファンタジーは現実を救いたかったとも思えるのです。
無力な幼い少女にとって、現実を変えるには
空想しかなかったのではないでしょうか。

 ラスト、オフェイリアの死は、他人には悲劇にしか見えませんが、
オフェイリア自身は幸福感に包まれて死んでいくのが救いでした。
それこそがファンタジーの力なんでしょうか。
 彼女の死を悲劇と見るか、ハッピーエンドと見るかは、
彼女の見た魔法世界の存在を信じるかどうかで分かれると思います。

 フランコのファシスト政権は、ドイツ、イタリア、日本が敗れ
大戦が終了した後も30年以上続きます。
映画では市民兵側が一旦勝利したように描かれていますが、
実際の彼らの運命は、その後も過酷だったはずです。
                          (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2007-10-14 13:58 | ファンタジー | Comments(2)
 だんだん観るのがツラくなってきたシリーズ5作目  公式サイト

 ハリー・ポッター・シリーズも先月ついに、最終巻が出て話題となりました。
ニュースの数日後、近所の紀伊国屋で最終巻を見かけ、
ほんとに世界同時発売だったんだと、ちょっと驚きました。
 シリーズ完結で作品の評価も定まってくるんでしょう。
私は一巻を途中まで読んで挫折してますけど。。。

 映画も5作目になり、完結まであと2作、
事態は徐々に悪くなっていく予感を感じさせながら、進んでいきます。
オープニングはホラー映画のような演出。
映像も「アズカバン~」以降定番になった、ダークな色調で、
アンブリッジ先生のピンク以外、色が無いような映像が全編を覆っています。

 今回みどころは、アンブリッジ役のイメルダ・スタウントンでしょう。
いい年して全身ピンクの服で少女趣味を引きずりながら、
やることは陰険なおばさんを、存在感たっぷりに怪演しています。
これだけ見事に憎まれ役を演じたら、子供達に嫌われて
イギリスの街を歩けないんじゃないかと、心配になります。
 これに刺激されたのか、トレローニー先生役のエマ・トンプソンも、
スタウントンとの競演シーンで、哀れなトレローニー先生を
これまた熱演しているのが面白いところです。

 クライマックスのヴォルデモートとの対決は、
まるでスターウォーズのヨーダとデュークー卿のフォース戦のようです。
もう少し新鮮味を感じさせてくれたら良かったんですが。
 
 「炎のゴブレット」ではヴォルデモートを復活させるのに
なぜ、あそこまで手の込んだことをするのか、
ストーリーの中心となる部分が最後まで疑問でしたが、
今回もなぜヴォルデモートがあんなものを手に入れたがったのか、
欲しがっているものの正体が明らかになっても(というか、いっそう)、解りません。
 端的に言ってしまえば、プロットを無理やり
ミステリー仕立てにしているように見えてしまうのです。
これは映画のというより、原作の問題なんでしょう。

 今回で、孤立しがちなハリーの数少ない希望が打ち砕かれてしまいますが、
そのことが今後ハリーにどう影響していくのか、いかないのか、
期待して、いいんでしょうか。
そこが登場人物たちを単なるコマとしか扱っていないかどうかの
分かれ目のような気がします。

 毎回、期待させてはストーリーの核心部分を先送りしている、
そんな繰り返しに、だんだん観るのがしんどくなってきました。
 数少ない大作ファンタジー映画なのですから、予算もいっぱいあるんでしょう、
もっとがんばってほしいものです。
                    (☆
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by am-bivalence | 2007-08-06 22:38 | ファンタジー | Comments(8)
 不思議さんが闊歩する、大林ワールドがお好きな方はどうぞ  公式サイト

 私は仕事の関係で一時期、広島に住んでいたことがあります。
広島に引っ越して最初に行ったのが平和祈念公園、次に宮島、
その次に行ったのが尾道でした。
 大林宣彦映画のロケ地を見て回るのと、尾道ラーメンを食べるためでした。

 「転校生」が公開されてから、もう25年も経つんですか。
確か小林聡美の映画デビュー作で、その熱演が評判になりました。

 「転校生」は少年と少女の心がひょんな拍子で
入れ換わってしまうという、お話です。
誰でも思いつきそうな安直な設定ながら、
実際に体が入れ換わったら起こるだろうドタバタを(下ネタ含め)、
丁寧に描いて見せました。
入れ替わったことで互いの違いに気付き、相手を思いやれるようになれる、
そんな、ちょっと成長の物語でもありました。
大林監督想い入れの、レトロな尾道の町並みが映画に情緒を与えていました。
足の悪い学級委員長の浴衣姿を見送るショットで
少女への淡い憧憬を感じさせたのは、大林監督の真骨頂でした。
当時、元気の無かった邦画の中で、数少ない秀作でした。

 「転校生」の成功でその後、大林監督は尾道を舞台に映画を撮り続けますが、
後作はどれもファンタジック過ぎて、「転校生」がリリカルとリアルのバランスが
一番良かったように思います。
(ただ私が良かったと感じた部分の半分は、原作に負うところが大きいようですが。)


 「転校生」を大林監督が再映画化するという話を聞いて、
旧作のファンとしてはうれしくもありましたが、
なぜ、今になって自分でリメイク? というのが正直な感想でした。
しかも尾道を離れて長野を舞台にするというのは、
どんな心境の変化でしょう?

 謎はパンフレットの監督自身の序文を読んで解けました。
進めていた企画が頓挫して、急遽引っ張り出したのが
旧作のリメイクというわけですか。
"長野を舞台に映画を"と頼まれたから、ですか。
頼まれたら断れないんですね、大林監督。
でも、長野を舞台にしながら、"やっぱり尾道がいい"というのが透けて見えちゃいます。
 それに、"「転校生」のような映画を"と言われて、
「転校生」を撮っちゃうのは、まんまじゃないですか?

 ただし、そこは百戦錬磨の大林監督、単なるリメイクにはしていませんでした。
映画は後半、旧作とは違う展開を見せ、明るいエンディングだった旧作とは
ある意味、正反対の終わり方をします。
 しかしこの展開、入れ換わるという設定なら、ありえる可能性だし、
考え方によってはとても深いテーマになるのですが、
そんな掘り下げ方はほとんど無いまま、映画は終わってしまいます。
だいいちこの展開では、元に戻ったとしても心から喜べないじゃないでしょうか。
 そこに深いテーマがあると思うんですが。。。

 タランティーノ(失礼!)のような映画マニアの監督が商業的拘束(ヒットさせること)
の圧力下で(観客を意識しながら)撮った映画は、しばしば傑作が生まれますが、
そんな監督がひとたび、拘束を離れて好きに撮ってしまうと、
(マニアック過ぎて)凡打に終わってしまうことがままある、
と言う評を読んだことがあります。
大林映画には、時々そんな雰囲気を感じます。
 この映画には、恋人の一美にキェルゲゴールを読ませようとする
エキセントリックな彼氏や、ヒロシ演じる妙なセリフ回しのバカ息子など、
いろいろ「不思議さん」が出てきます。
ヒロイン一美自身も物語世界に入り込んでしまう、「不思議さん」という設定です。
現実を超えた、そんな大林ワールドがお好きなら、この映画は楽しめるかもしれません。
                                             (☆)
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by am-bivalence | 2007-07-06 23:19 | ファンタジー | Comments(6)

screen21 蟲師

 やっぱり、餅は餅屋になのか  公式サイト

 私が学生の頃、漫画家志望の友人が、
 「すごい漫画家がいる」
と言って一冊の単行本を見せてくれました。
大友克洋「ショート・ピース」でした。

 大友克洋は、その正確無比なデッサン力とシャープなタッチで、
リアルに人物、風景を描き、デビュー以来、漫画界に多大な影響を与えています。
 その画力が当時も今も、圧倒的であるだけでなく、
氏の描く世界も、現実を細かく描写することで、
超現実的な世界をリアルに感じさせる、個性的なものでした。

 やがて氏の活躍の場は漫画から
「AKIRA」、「MEMORIES」などのアニメへと移っていきます。
そこでもリアルな絵と、リアルに超現実的世界を見せる手腕は衰えず、
ファンを楽しませてくれました。

 その大友克洋が実写を撮る、しかも人の漫画を原作にして。
これは注目しないわけにはいきません。
 ですが。。。

 蒼井優演じる淡幽の活躍シーンはよかったです。
文字を新体操のリボンのように操るイメージは、さすがです。
音響効果も悪く無かったです。
 でも。。。

 出てくる日本の自然は、リアルといえばリアルですが、
美しくないのです。
もっと美しい風景が、日本には幾らでもあるし、美しく撮れるんですが。

テンポも緩めで、「AKIRA」や「スチームボーイ」で見せた勢いは無いです。

江角マキコの役柄が難しいのは判りますが、演技が浮いてます。

ラストは私の理解力が足りないのか、どう決着がついたのかよく解りませんでした。

 。。。残念です、大友先生。

 今まで何人か、メジャーなアニメ・クリエーターが実写映画を手がけていますが、
成功しているとは言い難いものばかりのような気がします。
 絵を描くのと、カメラで撮影するのとは、別物なんでしょうか。
                            (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-04-02 22:02 | ファンタジー | Comments(2)