劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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カテゴリ:ドキュメンタリー( 8 )

 スノーデンと、アイヒマンと、人間の尊厳 公式サイト

 元CIA職員エドワード・スノーデンがアメリカ国家安全保障局(NSA)やCIAが
国民全てのネット、メール、電話を盗聴傍受していることを暴露したスノーデン事件。
全市民の通信を傍受し情報を抜き取る、それはまさに「ダークナイト」のクライマックスでバットマンが行った事を現実にアメリカ政府が行っていることになります。
しかもこれはアメリカだけでなく日本を含む世界中で行われているといいます。

 「シチズンフォー」はこの事件を扱ったドキュメンタリー映画ですが、
この映画のすごいのは、事件が公になる前スノーデンが暴露のためにジャーナリストと接触するところから撮影されている事です。初めて香港のホテルでスノーデンとグリーンウォルドらが話し合う時、スノーデンの盗聴、盗撮に対する極度の警戒ぶりに驚かされます。
彼の話を聞くにつれ、グリーンウォルドやポイトラス監督も疑心暗鬼になっていくところなど、スパイ映画さながらの緊迫感を感じさせます。

 シチズンフォーとは、スノーデンがポイトラス監督に接触するために使ったコードネームだそうです。スノーデン以前に同様な告発をした人物が3人おり、4番目の市民という意味を込めたといいます。
 この暴露でスノーデンはスパイ罪に問われ、アメリカに戻れずロシアに一時的な亡命の身になりました。
彼は祖国の裏切者なのでしょうか、真に国を憂いた愛国者なのでしょうか。
いや、彼は国家の非人道的逸脱に疑問を抱き、人間としての良心に従っただけなのではないでしょうか。

 罪を問われるスノーデンを見ていて、アイヒマン裁判を思い出しました。
「ハンナ・アーレント」や「アイヒマンショー」として映画にもなっている元ナチス親衛隊アドルフ・アイヒマンの裁判です。
 アイヒマンは強制収容所へのユダヤ人輸送を指揮し何百万人も死に追いやった人物で、モサドに捕えられイスラエルで裁判にかけられました。
元ナチス親衛隊員がどれほど冷酷で狂信的な人間か世界が注目するなか、現れたアイヒマンはいたって平凡な人物でした。アイヒマン自身は反ユダヤ主義では無かったといいます。彼は受けた命令をただ官僚的に粛々と実行したのでした。
彼を見たハンナ・アーレントはアイヒマンを「悪の凡庸さ」と評し、命令により誰でも彼と同じ行動を取りうることを指摘します。
 これに対し、スノーデンは非人道的命令をアイヒマンとは真逆に拒否する行動に出たのです。
これはなかなか出来ない事ではないでしょうか。
一般人のネットのやり取りを監視するのと、ホロコーストのような虐殺に加担するのとは次元が違うとも思われるかも知れませんが、いずれも権力によって人の尊厳を踏みにじるという点では同じです。

 組織の命令で非情な行動を要求される、これは組織の中にいる人間がしばしば陥るジレンマです。
非人道的な命令にも組織の論理に従って行動するか、自身の価値観で行動するのか。
組織に従っても、自身の価値観で行動しても、罪を問われるなら、
私達はどうするでしょうか。
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by am-bivalence | 2016-07-10 00:45 | ドキュメンタリー | Comments(0)
 ミュージカル「コーラスライン」を楽しむための最良のサブテキスト  公式サイト

'06年「コーラスライン」再演のために行われた
8ヶ月に及ぶ公募オーディションの模様を追ったドキュメンタリー。
オーディションの様子と平行して、「コーラスライン」がどうやって創られたかや、
公開時の模様や出演者インタビュー、反響などが挿入されます。

 「コーラスライン」はダンサー達に一晩かけて行った12時間に及ぶインタビュー
(というより、ディスカッション?)を元に作られたそうで、
劇中のダンサーはそれぞれモデルがいるということを、この映画で知りました。
初演時にはモデルとなったダンサーをほぼそのままキャスティングしていたそうです。
映画では12時間のインタビューテープの一部音声が聞けます。

 「コーラスライン」自体、ダンサーのオーディションを舞台にした群像ドラマなので、
これはいわば”現実の「コーラスライン」”。
劇中劇との奇妙な入れ子構造が面白い構成になっています。
 観ていると、予選の間は受験者に合格したいというギラギラした雰囲気はなく、
”「コーラスライン」のオーディションというイベント”に
参加できることを楽しんでいるようです。
受かればラッキー、ダメならすぐ次、
やれるだけのことをやってテストを楽しもうというスタンス。
そうでなければ、成功するのはほんの一握りの人だけという
ショービジネスの世界ではやって行けないんでしょう。
 受験者中、沖縄出身の日本人でコニー役を射止めた高良結香にも注目です。
英語の発音を問題にされ、物怖じせず何度も"Ten"を繰り返す彼女に、
単身アメリカで奮闘するために必要なタフさを見せられたようでした。

 候補者が絞り込まれるにつれ、次第に受験者は真剣味を帯びてきます。
キャスティング側も最終選考では悪かった点を指摘してもう一度トライさせています。
そんな姿勢はショービジネスの厳しさというよりも、
最高のものを創りたいという制作側の思いを感じさせてくれました。

 これを観ると「コーラスライン」を観直したくなること、間違い無しです。
というより、私は帰ってから映画「コーラスライン」をレンタルちゃいました。
このストーリーにはあんな背景があったんだとか、
このダンサーのモデルがあの人だったのかとか、
以前観た時よりも何倍も楽しめました。
                   (☆☆☆☆)
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by am-bivalence | 2009-02-25 00:07 | ドキュメンタリー | Comments(0)
 フェアトレードの必要性を見せてくれるドキュメンタリー 公式サイト

 1杯330円のコーヒーのうち、コーヒー農家の取り分は3~9円。。。
これを聞くと驚くでしょうか。
公式サイトのトップにはそんな図が出てきます。
映画パンフレット添付の注意書きによると、
これはイギリスの公式サイトからの転載で、
日本の場合はちょっと違い、
東京では、コーヒー一杯の平均価格は419円、
うち、コーヒー農家の取り分は1.7円(0.4%)と、更に少なくなっています。
コーヒー輸出入業者部分が8.7%、残りが喫茶店の分です。
 ただ、これは1998~99年の調査で、2002~2003年のコーヒー危機では
コーヒー価格の0.1%=0.42円程度と、もっと低下したそうです。

 コーヒーの材料原価率が10%程度なのは、
飲食業ならばそんなものかな、と思います。
コーヒー農家の売り上げは、為替レート差があるので、
円で考える感覚とは違うと思いますが、
映画の中で採算が取れずにコーヒー栽培を止める農家が増えているのを見ると、
やはり安すぎるのでしょう。
 (映画でコーヒー栽培の代わりにチャットという
麻薬栽培をする農家が増えているとありましたが、
チャットを麻薬とするのは、やや違和感があるようです。
 エチオピアでは覚醒作用のある一般的嗜好品のようなものらしく、
何時間か噛んで、ほんのり効果が表れる程度で、依存性はないようです。
南米のコカの葉や、噛みタバコのようなものでしょうか。)

 映画の原題は"BLACK GOLD"。これ、もともと石油の比喩らしいんですが。。。
映画はエチオピアのコーヒー農協のブローカーが
コーヒーをもっと高く買ってもらおうとする活動を中心に、
エチオピアのコーヒー栽培の実情を追っています。
 映画でエチオピアの窮状は解るのですが、
アンフェアな貿易システムでコーヒー栽培者が搾取される構造は
もうひとつよく見えてきません。
結局、生産者とは全く関連ないニューヨークやロンドンの先物市場で、
投機的動きで価格が決定してしまうところに根があるようです。

 この映画の示す問題が行き着くところは、フェアトレードです。
途上国からの搾取的交易を是正し、共存共栄を目指す、
フェアトレードというムーブメントはヨーロッパで始まったそうです。
その歴史は意外と古いんですが、私が知ったのは5~6年前でした。
フェアトレードの理念は解るのですが、
ではどうやって価格を決めるのか、
保護貿易に繋がっていかないかと疑問に思ってました。
 しかし映画で、コーヒー生産者の苦しい生活や、
飢餓と隣り合わせで食料支援で暮らしているエチオピアの実態を知ると、
フェアトレードの必要性を痛感します。

 フェアトレード活動が行われているのはコーヒーだけではありません。
チョコレートのカカオ、綿など、いろいろあります。
そういったことを知らしめ、考えさせてくれるのには意義のある映画でした。
                              (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2008-06-22 21:54 | ドキュメンタリー | Comments(0)
偉大な姉、アニー・リーボヴィッツを讃える映画 公式サイト

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 アニー・リーボヴィッツはローリング・ストーンズの表紙で注目され、
暗殺される直前のジョン・レノンの写真などで知られているそうです。
 私はカバー、グラビアのような商業写真にはあまり興味がなくて、
彼女を知らなかったのですが、
話題になったデミー・ムーアの妊婦ヌードは見憶えがあります。

 最近のアニー・リーボヴィッツの作品は
古典絵画のような画造りのものがあり、
映画では、その実際の撮影現場を垣間見せてくれます。
 彼女が撮ったセレブ達へのインタビューも、
その写真の撮られた経緯の一端が分かって興味深いです。
 ただアニー自身は、自分の作品や自分自身について多くを語っておらず、
映画は、彼女の発想がどこから来るのか、
どういう意図からそのような写真になったかといった、
作品の本質を解明してくれるわけではなさそうです。
 そういえば、彼女の撮ったセレブ達の写真も、
私には、対象の本質に迫るというより、
彼らのイメージをちょっと違った視点で演出する、といったもののように思えます。
だからセレブ達にも受けが良いのではないでしょうか。

 また映画では、彼女の経歴の中でスキャンダラスな面、
「恋人」スーザン・ソンタグとの関係や、
ローリング・ストーンズ誌時代、ロックスターに密着取材することで、
ドラッグにはまっていってしまったことなど、
隠しはしないものの、深く掘り下げることもなく、
人間、アニー・リーボヴィッツ像が理解できるわけでもありません。

 この映画を撮ったのはアニーの実妹、バーバラ・リーボヴィッツ。
アニー・リーボヴィッツのグラビア写真のように、
”敬愛する偉大な姉、アニー・リーボヴィッツ”のイメージのプロモーションとも取れる、
賛辞映画に止まってしまっているのが、物足りないところです。
                             (☆☆)


 *今回、公式サイトにブログ用写真が掲載されていましたので
 使わせていただきました。
 著作権にうるさい昨今、こういう配慮はありがたいです。
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by am-bivalence | 2008-03-14 21:51 | ドキュメンタリー | Comments(2)

screen52 アース

地球にまだこんな雄大な野生があることに感嘆 公式サイト

 まずなにより、この映画で一番驚かされたことは、
これまでマイナーだった生物ドキュメンタリーが、
全国一斉公開されてヒットしていることです。
 封切週の3連休に観ようとしたのですが、
レイトショーでも空席わずかだったので、諦めました。
封切った週の興行成績第1位もビックリです。
 日本人はいつからこんなに動物好きになったんでしょう?

 映像は美しいです。
自然が相手の撮影ですから、
時間が掛かった、根気のいる撮影だったんでしょう。
渡り鳥や、カリブー、ヌーなどの大群が動く様子や、
滝の上を飛ぶ空撮は目を見張ります。
パンしていく間に開花する吉野の桜、紅葉していく山々は、
てっきりCGかと思っていたら、
モーションコントロールカメラを使った定点撮影による
実写をオーバーラップさせたものだそうです。

 でもこれ、「アース(地球)」じゃなくて「ライフ(生物)」じゃない?
と思うのは私だけでしょうか。
 地理学的、地質学的な映像、解説が
もうちょっとあるのかと思っていたのですが。
自然学的解説なら、NHKで放映されているドキュメンタリー番組の方が
充実しているように思います。
(映画中、象の群れが目指す湿地帯を造るオカバンゴ川は、
海に流れ込まずに砂漠に消える内陸河川であることを
NHKの番組で知りました。)
 この映画で使われている撮影技術も、NHKとBBCの共同制作
「プラネットアース」で使われたものが多いらしいです。

 それでも大スクリーンで観るザトウクジラなどは
これが実物大に近いと思うと、迫力があります。
 痩せ細った体で荒野を歩き続ける象達には、
生きていくことの大変さと、
懸命に生きようとする健気さを感じさせられました。
                        (☆☆)
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by am-bivalence | 2008-01-27 00:41 | ドキュメンタリー | Comments(4)
 海外へ拉致の事実を広めたことに意義  公式ホームページ

 一般家庭の女子中学生が突然失踪する。
警察は誘拐と見て捜索するが手掛かりは無く、家出も疑う。
両親は独自に娘の消息を求めて奔走し続け、
2年後に北朝鮮による拉致の可能性に行き当たる。。。

 家族が拉致されなければ、普通に市民生活を過ごしていたはずなのに、
拉致被害者家族は事件に巻き込まれたばかりに、
日常係わることのない国際紛争、政治に翻弄されることになります。

 映画で見せる横田夫妻の素顔は、ごく平凡なおじさん、おばさんでした。
その普通さが、巻き込まれた事件の大きさと比べ、小さく非力に見えてしまいます。
そんな夫妻が決してあきらめずに娘を取り戻そうと活動し続ける、
その力はどこから来るのでしょうか。

 この作品は、アメリカのジャーナリストが二人で監督していますが、
ここに出てくる拉致事件の内容は日本で既に報道されているもので、
目新しいものはほとんどありません。
むしろ、小泉訪朝までアメリカのジャーナリストが
拉致の事実を知らなかったことが、私には驚きでした。
 出てくる映像とインタビューは、ほとんど日本と日本語なのですが、
東洋趣味のBGM、時々挿入されるエキゾティックな日本の風景が
洋画であることを思い出させます。
 世界に拉致事件を知らしめたことに、この作品の意義があったようです。
                                      (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-02-17 00:36 | ドキュメンタリー | Comments(0)

screen7 ヨコハマメリー

 戦後日本の混沌の中で、
   泥まみれでも凛と生きた女性の伝説  
  公式ホームページ

 私は社会人になるまで横浜市民でした。
学生の頃までは時々関内で映画を観て、
伊勢佐木町の有隣堂に立ち寄ったものでした。
その頃メリーさんはいた筈ですが、
一度も見たことはありません。
見たとしても正直、あの化粧では引いてしまい、
近づくことはなかったでしょう。
この監督は学生の頃メリーさんを見たそうですが、
その容貌に畏怖を感じたそうです。
 でも、人は外見や評判で判断すると、見誤ることがあります。

 この映画は'95年にメリーさんが姿を消した後、
都市伝説のようなその人物像を関係者の証言で追っていきます。
そこには戦後日本の裏社会の息吹がありました。

 貴婦人のような装束で街角に立つ娼婦は、
プライドが高く、将校しか相手にしない。。。
フィクションなら陳腐ですが、
そんな人物が真偽はどうあれ実在したということが、
ドキュメンタリーならではの説得力をもたせます。

 メリーさんが人を惹きつけるのは
その奇天烈な外見だけでなく、
その境遇にもかかわらず、卑しさを感じさせずに、
凛としていたからではないでしょうか。
 住所不定で、年老いてもなお
毅然と女独り暮らしていくのは
並大抵の困難さではないはずです。
彼女に社会福祉を受けさせたくても住所不定のために
出来なかったことを、友人だった元次郎氏が語っています。

 映画の中で彼女の手紙が2通紹介されていますが、
いずれも品があり、教養を垣間見させる文面でした。
80歳を過ぎても手紙の中で夢を語っていることに
はっとさせられました。
 白塗りの化粧は素顔を隠すことで
過去を切り離すめの仮面だったように思われてなりません。

(以下ネタバレ)
 最後にメリーさんは、故郷で元気な姿を見せます。
結局、彼女の素性は伏せられたままでした。
都市伝説は都市伝説のままがいいということでしょうか。
ただ、故郷の彼女は白塗りの化粧を取って、
素顔を見せていました。
 その表情が生き生きと幸せそうで、
ほっと暖かい気持ちにさせてくれました。
                    (☆☆)


 参照文献:東京ホームレス事情 森川 直樹 徳間文庫(絶版)
   ホームレス生活を都会のアウトドア生活のように気楽に言う人がいますが、
  現実はそんなものではなく、そこから抜け出すのは大きな困難があるようです。
  餌とりと呼ぶ残飯あさり、その時に感じる人間としての尊厳の喪失感、
  社会からの疎外感。
  当たり前ですが、自分がそうなったら感じるであろう苦痛を、彼らも感じているのです。
   地縁・血縁のコネ社会である日本は、一度接点を失った人間に冷たいのです。
 
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by am-bivalence | 2007-01-28 23:45 | ドキュメンタリー | Comments(0)

screen6 ダーウィンの悪夢

 資本主義経済の歪みを提示しようとするが、
          イエロージャーナリズムでは?
  公式ホームページ

 西洋資本主義は、途上国をまず自分達の
経済機構の最下層に組み入れ、搾取していきます。
それが端的に表れているのが為替相場だと思います。
途上国の通貨レートは先進諸国の通貨に比べ極端に低く、
先進諸国の平均月収が、為替で換算すると途上国の年収になったりします。
豊かになりたければ這い上がって来いというわけです。

 この構図は今に始まったことではなく、
大航海時代、西洋人が南北アメリカ大陸に進出し、
ネイティブアメリカンなどから搾取した頃からずっと続いています。
これを不条理と思う人間がテロに向かったりするのではないでしょうか。

 ビクトリア湖のカワスズメがナイルパーチによって
壊滅的打撃を受けているのはよく知られています。
 本作はナイルパーチをキーワードにしていますが、
環境問題を取り上げているわけではありません。
むしろ、魚の生態系などはどうでもいいようで、
追っているのは、主にアフリカ社会下層で虐げられている人々です。
そしてそれら惨状とナイルパーチの輸出産業を何とか結び付けようとします。
また、魚の輸出と武器輸入の関連性にもこだわり続けます。
アフリカの貧困の根っこに、日本も含めた先進諸国との経済的力関係を垣間見て、
その責任を問おうとしているのです。

 ただ、これらを追求したい姿勢は分かりますが、明確な関連を示しきれないため、
それが成功しているとは言い難いのが、この映画の悲しいところです。
ナイルパーチのボイコット運動というおかしなリアクションが起こったのも、
そういった点がうまく伝わらなかったからではないでしょうか。
                                   (☆)


 参照書籍:「カナダ先住民デネーの世界―インディアン社会の変動」 新保 満 明石書店
    著者が、カナダ北西準州の先住民を実地に調査・聞き取りした、
   先住民の社会・習慣の変遷をまとめたもの。
   国家など必要なかった西欧人進入前の先住民の暮らしぶりと、
   毛皮商人の侵入により、未知の病気が流行ったり、
   経済格差が生まれていく様などが具体的に語られています。
    グローバリゼーションの原型がここにもあります。

 参照映画:「ナイロビの蜂」 フェルナンド・メイレレス監督 2005年
        「ロード・オブ・ウォー」 アンドリュー・ニコル監督 2005年
    先進諸国にアフリカが搾取される構図は「ナイロビの蜂」、
   武器輸出入と先進国の関連は「ロード・オブ・ウォー」がよく描けています。
   問題を知らしめるのに、フィクションのほうが秀逸なのが残念です。
    がんばれドキュメンタリー!

*補足(以下ネタバレ)
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by am-bivalence | 2007-01-21 15:46 | ドキュメンタリー | Comments(0)