劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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<   2007年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

screen7 ヨコハマメリー

 戦後日本の混沌の中で、
   泥まみれでも凛と生きた女性の伝説  
  公式ホームページ

 私は社会人になるまで横浜市民でした。
学生の頃までは時々関内で映画を観て、
伊勢佐木町の有隣堂に立ち寄ったものでした。
その頃メリーさんはいた筈ですが、
一度も見たことはありません。
見たとしても正直、あの化粧では引いてしまい、
近づくことはなかったでしょう。
この監督は学生の頃メリーさんを見たそうですが、
その容貌に畏怖を感じたそうです。
 でも、人は外見や評判で判断すると、見誤ることがあります。

 この映画は'95年にメリーさんが姿を消した後、
都市伝説のようなその人物像を関係者の証言で追っていきます。
そこには戦後日本の裏社会の息吹がありました。

 貴婦人のような装束で街角に立つ娼婦は、
プライドが高く、将校しか相手にしない。。。
フィクションなら陳腐ですが、
そんな人物が真偽はどうあれ実在したということが、
ドキュメンタリーならではの説得力をもたせます。

 メリーさんが人を惹きつけるのは
その奇天烈な外見だけでなく、
その境遇にもかかわらず、卑しさを感じさせずに、
凛としていたからではないでしょうか。
 住所不定で、年老いてもなお
毅然と女独り暮らしていくのは
並大抵の困難さではないはずです。
彼女に社会福祉を受けさせたくても住所不定のために
出来なかったことを、友人だった元次郎氏が語っています。

 映画の中で彼女の手紙が2通紹介されていますが、
いずれも品があり、教養を垣間見させる文面でした。
80歳を過ぎても手紙の中で夢を語っていることに
はっとさせられました。
 白塗りの化粧は素顔を隠すことで
過去を切り離すめの仮面だったように思われてなりません。

(以下ネタバレ)
 最後にメリーさんは、故郷で元気な姿を見せます。
結局、彼女の素性は伏せられたままでした。
都市伝説は都市伝説のままがいいということでしょうか。
ただ、故郷の彼女は白塗りの化粧を取って、
素顔を見せていました。
 その表情が生き生きと幸せそうで、
ほっと暖かい気持ちにさせてくれました。
                    (☆☆)


 参照文献:東京ホームレス事情 森川 直樹 徳間文庫(絶版)
   ホームレス生活を都会のアウトドア生活のように気楽に言う人がいますが、
  現実はそんなものではなく、そこから抜け出すのは大きな困難があるようです。
  餌とりと呼ぶ残飯あさり、その時に感じる人間としての尊厳の喪失感、
  社会からの疎外感。
  当たり前ですが、自分がそうなったら感じるであろう苦痛を、彼らも感じているのです。
   地縁・血縁のコネ社会である日本は、一度接点を失った人間に冷たいのです。
 
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by am-bivalence | 2007-01-28 23:45 | ドキュメンタリー | Comments(0)

screen6 ダーウィンの悪夢

 資本主義経済の歪みを提示しようとするが、
          イエロージャーナリズムでは?
  公式ホームページ

 西洋資本主義は、途上国をまず自分達の
経済機構の最下層に組み入れ、搾取していきます。
それが端的に表れているのが為替相場だと思います。
途上国の通貨レートは先進諸国の通貨に比べ極端に低く、
先進諸国の平均月収が、為替で換算すると途上国の年収になったりします。
豊かになりたければ這い上がって来いというわけです。

 この構図は今に始まったことではなく、
大航海時代、西洋人が南北アメリカ大陸に進出し、
ネイティブアメリカンなどから搾取した頃からずっと続いています。
これを不条理と思う人間がテロに向かったりするのではないでしょうか。

 ビクトリア湖のカワスズメがナイルパーチによって
壊滅的打撃を受けているのはよく知られています。
 本作はナイルパーチをキーワードにしていますが、
環境問題を取り上げているわけではありません。
むしろ、魚の生態系などはどうでもいいようで、
追っているのは、主にアフリカ社会下層で虐げられている人々です。
そしてそれら惨状とナイルパーチの輸出産業を何とか結び付けようとします。
また、魚の輸出と武器輸入の関連性にもこだわり続けます。
アフリカの貧困の根っこに、日本も含めた先進諸国との経済的力関係を垣間見て、
その責任を問おうとしているのです。

 ただ、これらを追求したい姿勢は分かりますが、明確な関連を示しきれないため、
それが成功しているとは言い難いのが、この映画の悲しいところです。
ナイルパーチのボイコット運動というおかしなリアクションが起こったのも、
そういった点がうまく伝わらなかったからではないでしょうか。
                                   (☆)


 参照書籍:「カナダ先住民デネーの世界―インディアン社会の変動」 新保 満 明石書店
    著者が、カナダ北西準州の先住民を実地に調査・聞き取りした、
   先住民の社会・習慣の変遷をまとめたもの。
   国家など必要なかった西欧人進入前の先住民の暮らしぶりと、
   毛皮商人の侵入により、未知の病気が流行ったり、
   経済格差が生まれていく様などが具体的に語られています。
    グローバリゼーションの原型がここにもあります。

 参照映画:「ナイロビの蜂」 フェルナンド・メイレレス監督 2005年
        「ロード・オブ・ウォー」 アンドリュー・ニコル監督 2005年
    先進諸国にアフリカが搾取される構図は「ナイロビの蜂」、
   武器輸出入と先進国の関連は「ロード・オブ・ウォー」がよく描けています。
   問題を知らしめるのに、フィクションのほうが秀逸なのが残念です。
    がんばれドキュメンタリー!

*補足(以下ネタバレ)
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by am-bivalence | 2007-01-21 15:46 | ドキュメンタリー | Comments(0)
  しゃれたセリフと、プロットをパズル感覚で追うのは楽しいが、
 それって必要?
  公式ホームページ

 まずこの映画、映画を見る前にパンフレットを読んではいけません。
ストーリーが結末まで全部書いてあります。
懇切丁寧にも、人物相関図がネタバレ含めて載っています。
上映前にパンフレットに目を通す人もいるでしょうに、
ツイスト(どんでん返し)映画でここまでする必要があったのでしょうか。

 それはさておき、最近の映画としては珍しく、
やたらセリフや会話に凝っている映画です。
ジョシュとルーシーの会話だけでも楽しませてくれます。
ただ、スタイリッシュなのは"映像"というより、"セット"じゃないでしょうか。
基本はギャングのお話なので、バイオレンスシーンも目につきます。

 冒頭から複線だらけで、パズルとしては凝った造りです。
しかし後からストーリーをよくよく追ってみると
ここまで手の込んだ計略をする必要が見当たらないのです。
あえて言ってしまえば、どんでん返しのため、でしょうか。
計画に20年掛かった理由もはっきりしません。
ラストもハッピーエンドにして見せる取って付けたやり方に思えました。

 結局、パンフレットからプロットまで、
ここまでやる必要があったのか疑問の残った映画なのでした。
                                   (☆☆)

参照映画:「オールドボーイ」 パク・チャヌク監督 2004年
   裏社会を舞台にしている、タランティーノ好みのバイオレンス描写、
  長期に渡る陰謀計画、ラストのどんでん返しなど、共通項が幾つかあります。
  おしゃれさは「ラッキーナンバー7」が上ですが、
  こちらは計画に時間が掛かるのに必然性がありました。
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by am-bivalence | 2007-01-20 10:45 | サスペンス・スリラー | Comments(0)
 新三部作で評価を落としてしまった感のある
スターウォーズ・サーガですが、映画を語る上で
欠かせない作品であるのは間違いありません。

 スターウォーズの世界観を形造るうえで
無くてはならないものの一つが、ライトセイバーです。
(初公開時はライトサーベルと訳されてました。)
強力なビームが剣となるライトセイバーは、
古い世界観とリアルなメカが融合したスペースオペラである
スターウォーズ世界を端的に示したアイテムでした。
ただ、物理法則を無視したような
ライトセイバーのような武器がどうやったらできるかは、
物理学者をも巻き込んで(?)議論されてきました。

 レーザー光のように見えるライトセイバー、
本当にレーザーなら、適当な長さでちょん切れるはずがありません。
スターウォーズ世界には、光の光路を自由に制限できる
テクノロジーでもあるのでしょうか。
もし、仮にそんなテクノロジーがあったとしても、
本当に光ならライトセイバー同士で切り結ぶなんて
できないはずです。
光同士交差しても、すり抜けるだけだからです。

 私はこのライトセイバー、実は光ではなく、
伸縮自在の発光する高エネルギー体でできている、
と考えています。
 そんな夢がない、と思わないで下さい。
証拠が映画の中にあります。

 「スターウォーズ ジェダイの帰還(復讐)」では、
ルークとダース・ヴェイダーが
パルパティーン皇帝の前で決闘します。
戦いたくないルークに、ヴェイダーが
ライトセイバーを投げつけるシーン、
投げられたライトセイバーをよ~く見て下さい。
ライトセイバーは刃を中心にして回転しています。
ライトセイバーが光なら、この動きはあり得ません。

f0126707_213487.gif

 物体が空中で回転するとき、
物体は重心を中心にして回転します。
ライトセイバーが光なら、光は質量がほとんどありませんから、
ライトセイバーの重心は刃ではなく、本体側にあるはずです。
本体を中心にして回転しなければなりません。
刃を中心にして回転しているということは、
ライトセーバーの刃は質量を持つ物質であるということになります。

 ライトセイバーが伸縮自在の物質であるなら、
切り結ぶのに何の違和感もありません。
高エネルギーを持った物質がプラズマ発光しているとすれば、
色にバリエーションがあるのも説明できるんじゃないでしょうか。
だから、ライトセイバーは「光の」剣ではなく、
「光る」剣なんです。

 スターウォーズの図解本には
ライトセイバーの中にクリスタルがあって
いかにも光を出すように解説していますが、
これはライトセイバーは光であるという神話を造り、
敵に武器の構造を知られないようにするための、
ジェダイ騎士団の策謀と思われます。
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by am-bivalence | 2007-01-14 01:09 | SF | Comments(2)
  競争社会アメリカの価値観にチャチャを入れ、
 あきらめないことに意義を見出す
  公式ホームページ

 どうもアメリカ人には、
常にポジティブでいなければならない、
という脅迫観念があるみたいです。
 それは入社試験で前向きな姿勢を見せないと落とされるように、
いつもポジティブに見せていないと、
競争社会で落ちこぼれるという不安が
裏にあるようにも感じられます。

 何かと競争することに肯定的なアメリカは、
平等主義日本では(ネガティブに使っているつもりはありません)、
ほとんどあり得ない子供のミスコンも盛んなようです。
(関係無いですが、映画のミスコンの雰囲気は、
ジョンベネ・ラムジーのニュース映像とそっくりでした。)

 アメリカ社会の競争の激しさは、
winner/loserの格差の大きさが根本にあるようです。
というより、格差の拡大が競争をより厳しくさせるのでしょうか。
競争肯定社会は、勝者/敗者の価値観が支配していきます。

 アメリカ人自身、勝者/敗者の二元化を
ちょっとヘンじゃないかと思う人がいて、
このコメディ映画ができたようです。

 面白いのはこの一家、客観的に見れば敗者ばかりですが、
本人達は自分をそう思っていないことです。
薄々気付いてはいるようですが、それを認めようとしません。
 そう、この家族は、お父さんの「成功のための9ステップ」を胡散臭そうに思いながら、
実は9ステップ目の「負けることを拒否する」を実践しちゃってるんです。

 だから、この映画の可笑しさは負け犬の自虐的な笑いではなく、
壊れかけた車を懸命に押して走らせようとするような、
真剣さの中の可笑しさです。
 ただこの映画は笑わせるだけでなく、次にほろりとさせて、
最後は負け組家族を応援したくさせるのです。
勝ち負けにこだわらずに、がんばった自分を褒めてやれと。
 エロじじいも、最後はいい事言ってます。

 脚本が良く出来ており、エピソードの一つ一つが
意外なところでリンクしています。
                (☆☆)


参照書籍:「アメリカ病」 矢部 武 新潮新書
   ポジティブ脅迫観念以外にも、現代アメリカのヘンな部分を理解する上で
  参考になります。
   映画「スーパーサイズ・ミー」の元ネタとなった裁判も取り上げています。
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by am-bivalence | 2007-01-10 22:04 | コメディ | Comments(0)

screen3 クラッシュ

 見る者に差別の根源を味合わせる傑作  公式ホームページ

2006年に劇場で見たベスト映画の一つとして、
クラッシュを取り上げてみました。

 この映画が出色なのは、ほとんどの登場人物が
良い人が良い人のまま、悪い人が悪い人のままでいないことです。
映画・ドラマに限らず、物語では原則として
登場人物の善悪が決まっているものです。
現実はそんなことないわけで、
これはいわば"ドラマ文法"なんです。

 「クラッシュ」は"ドラマ文法"を破ることで、
わざと観客を混乱させます。
この混乱の原因は、「先入観」です。
善人を善人と、悪人を悪人と思い込む
観客自身の「先入観」が混乱を生むのです。
そして「先入観」は「偏見」を生み、
「偏見」が「差別」を生みます。
それがこの映画のテーマ「人種差別」になるんだと思います。

 つまりこの映画は、自分は差別などしないとか、
人種差別とは関係ないと思っている観客にも、
「人種差別」の根源となる「先入観」を
観客自身のはらわたの中からつかみ出し、
突きつけてしまうのです。
この映画、見る者が試されます。

 もう一つ、登場人物の多さもこの映画の特徴ですが、
人物同士の関係、ストーリーは混乱せずに最後まで追っていけました。
これはちょっとすごいことだと思います。
複数の主人公が登場する群像映画は、エピソードが交錯して、
途中でストーリーを追いきれないことが間々あるからです。
原案、脚本、監督のポール・ハギス、並々ならぬ技量です。
ミリオンダラー・ベビーといい、今後もちょっと注目です。

 と思っていたら、ポール・ハギス、
新作007に人間ドラマを持ち込み、成功させました。
                         (☆☆☆☆)


 参照映画:「007 カジノロワイヤル」 マーティン・キャンベル監督 2006年
   新ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグは
  公開前いろいろ物議をかもしていましたが、思ったほど違和感はなく、
  ポーカーフェイスの肉体派ボンドに仕上がっています。
   見終わると切なくなった、初めての007映画です。
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by am-bivalence | 2007-01-07 20:38 | 人間ドラマ | Comments(0)
 私が主に映画を見に行くのは、近所のシネコンです。
従来の映画館よりシートが広くて楽ですし、
全席指定なので、並ばずに済むのがとても助かります。
映画中毒にとって、レイトショー割引などは
心強い味方だったりします。

 でも、そんなシネコンにも
常日頃、不満に思っていることがあります。
それはポップコーンを売っていることです。
私にとって、映画館で一番の宿敵は
ポップコーンなのです。
(その次は 座高の高い前の客です。)

 ロビーがポップコーンでバター臭くなる。。。
これは我慢しましょう。
しかし上映中に、食べたり、カップを探られると
ポリポリ、ガサガサと音がして、
これが以外に大きく、耳障りなんです。

ドンパチ、音の派手なアクション映画なら、
まださほど気になりませんが、
静かに進む感涙映画でこれが聞こえると
もう ダメです。
イライラするあまり、
真剣に文句を言おうと思ったこと、数知れません。
(言ったことないけど)
。。。これって、私だけでしょうか。

 映画にポップコーンって、必要でしょうか?
アメリカの映画館を真似てでしょうが、
そんなところまでマネする必要あるんでしょうか?
映画館でポップコーン買うあなた、
家でもいつもポップコーン食べてる?
雰囲気で買ってない?
気分で買って、全部食べ切れずに捨ててるんじゃないの?
いつも捨てるのに、懲りずにまた買ってない?

 映画館の収入源の一つなので、
無下に売るな、とは言いません。
 が、
上映前に「私は買わない」なんて映しているなら、
一緒に「上映中は静かに食べましょう」とか、
ちょっと注意してもいいんじゃない?

 という訳で、少しでもポップコーン(音)撲滅キャンペーンが
広げたいという、はかない願いをブログのタイトルにしました。

*2007.3よりブログタイトルはリニューアルしました。
 でも、ポップコーン(音)撲滅キャンペーンは約1名でも続いています。。。
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by am-bivalence | 2007-01-06 00:50 | 映画鑑賞 | Comments(3)