劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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<   2007年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 あるべき形に収まったラストが観る者をしあわせにする  公式サイト

 私がピクサー作品を劇場で観たのは「Mr. インクレディブル」が初めてでした。
「Mr. インクレディブル」の予告編を劇場で見ていて興味を惹かれたのです。
主人公がピクサー初の人間だったことと、
髪の毛の表現がすごいと思ったからでした。

 風になびいたりする髪の動きを
CGで計算して描くのは大変なんだそうです。
 以前、フルCGの映画「ファイナル・ファンタジー」が公開され、
これからは俳優もCGで自由に作れる時代になると話題になりましたが、
この映画では髪が動いているのはヒロイン一人だけでした。
しかも髪の動きは計算したわけでなく、アニメーターが付けていたといいます。
 そんな髪の表現を「Mrインクレディブル」はリアルに計算で見せていました。

 CGに惹かれて観に行った「Mr. インクレディブル」ですが、
予想外に、その内容は大人にも十分楽しめる秀作でした。
ブラッド・バード監督の作品を観たのは初めてで、
ドラマ造りの巧さに感心させられました。
 そのブラッド・バード監督のピクサー第二回監督作が
「レミーのおいしいレストラン」です。

 「レミーのおいしいレストラン」のCGは、身の回りのものを
落ち着いた色彩とリアルな質感で自然に見せ、CGであることを感じさせません。
料理をおいしく見せるのは実写でも技術がいることですが、
CGでおいしそうな質感を表現するのもまた難しいそうで、
この難題もクリアーしてみせています。

 ねずみのレミーが料理に発揮する天才ぶりは
「パフューム」のグルヌイユを連想させました。
グルヌイユは嗅いだ香水を記憶を元に簡単に調合して見せますが、
レミーは、材料の味の記憶と嗅覚だけで料理の味を決めていきます。
一方、グルヌイユが匂いに取り付かれたといった感じなのに対し、
レミーは好きなことをやらずにはいられないという情熱を感じさせます。
 ただ、味覚の映像表現の演出では、それなりに匂いを連想させた
「パフューム」の匂いの映像表現ほうが一歩上じゃないでしょうか。
 
 レミーの天才ぶりに対し、相棒となる若者リングイニは、
全く凡庸で特別な才能は何もありません。
唯一、役に立つのは、髪の毛で体を操れるという"特異体質"だけです。
そんな二人?が、パートナーとして全く対等なのが意外です。
レミーが信頼を裏切って材料を盗んだと知ったリングイニは、
自分は全く料理ができないのに、レミーを追い出してしまうのです。
 どうも監督は能力差が生み出す力関係には焦点を当てずに、
純粋に二人の友情を描きたかったようです。
だからリングイニはコック見習いといっても、仕事が欲しかったからというだけで
料理に対する思い入れが全くない設定にしたんでしょうか。
 
(以下、ネタバレ)
 映画は前半、店の相続問題がクローズアップされますが、
この話で全体を引っ張るのかと思いきや、急展開であっさり解決し、
後半の批評家との対決になだれ込みます。
 この対決、悪役と思っていたイーゴ(声はなんとピーター・オトゥール)が
意外な面を見せ、
彼がプロフェッショナルな批評家であったことが判るのです。
最後を締めくくる批評家の言葉は感動的で、
日頃、好き勝手に映画のことを書いている私のような者にとっては
身につまされるものでもあります。
 彼の批評の内容は子供が簡単に理解できるほど平易なものではないので、
これは、明らかに大人に対するメッセージなのでしょう。

  コメディ映画ですが、アクションも恋愛も親子関係も織り交ぜて、
ラストは全ての歪みが是正され、あるべき形に収る大団円で、
観客をしあわせな気分にさせてくれるのでした。
                           (☆☆☆)


*蛇足の補足

  この映画の中のキーワード、"Anyone Can Cook"は
 「誰でも名シェフ(になれる)」となっていますが、
 正確には「誰でも料理できる(権利がある)」じゃないでしょうか。

  もし、誰でも名シェフになれるのであれば、
 料理センス・ゼロのリングイニにレミーが料理を教え、
 立派なシェフにするというストーリー展開の方が自然でしょう。
  しかし、映画は最後まで天才的才能を持ったレミーが料理をしています。
 映画のポイントは、おいしい料理を作る能力と情熱があれば
 ねずみでも調理場に立てるという点にあったのではないでしょうか。
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by am-bivalence | 2007-07-29 00:14 | アニメ | Comments(7)

screen30 ダイ・ハード4.0

 可もなく不可もなく、オーソドックスに娯楽アクションの王道をゆく 公式サイト

 このところ、往年の名シリーズ復活が続いています。
「ロッキー・ファイナル」は意外と健闘したようですし、
本当にやるの?と思っていた「インディ・ジョーンズ4」は
本当にクランクインしちゃいました。
 「ダイ・ハード」の新作が十数年ぶりに公開されても、もう驚きませんよ。
スタローンやハリソン・フォードがオーバー60歳だってことを思えば、
ブルース・ウィルスの52歳なんて、まだまだイケル、イケル。

 残念ながら、私は「ダイ・ハード」1作目を映画館で観ていません。
当時のアクション映画はスタローンの「ランボー」や、
シュワルツネッガーの「コマンドー」のような
マッチョなヒーローが超人的パワーで暴れまわるのが主流でした。
 公開時の「ダイ・ハード」のCMも、
ブルース・ウィルスが上半身裸で消火ホースを体に巻きつけ、
爆炎をバックにビルから飛び降りるシーンを大々的に見せて、
肉体派アクションヒーローを連想させる造りになっていました。
私は"またか"と思って観に行かなかったのですが、
大方の日本人も肉体派アクション映画に飽きていたのか、
興行成績もいまひとつだったようです。
(日本での興行成績が「ダイ・ハード2」=51.1億円、「3」 =72億円に対し、
「1」=18.4億円 )

 そんな「ダイ・ハード」が日本で評判になったのは
レンタルでその面白さが再発見され、口コミで広がったからと記憶しています。
主人公がパワーだけで押しまくるマッチョマンでなくて、
事件に巻き込まれた不運をグチりながらも、体力と知恵をふり絞って行動する
等身大の人間だったのが新鮮でした。
高層ビルという閉じられた空間で起こりうるシチュエーションを
全てやって見せたような よく練られた脚本で、観る者をうならせました。
「ダイ・ハード」はアクション映画の流れを変えた名作だったとともに、
レンタルになってから注目された稀なケースだったんじゃないでしょうか。

 続く「2」,「3」も大ヒットし、お客を惹き付けた「ダイ・ハード」ブランド、
「4」はどうかというと。。。何とかブランド価値を保った、というところでしょうか。
 続編の常道で事件はますますスケールアップ、
今回は全米を巻き込んだサイバーテロが相手。
 クライマックスも続編の常道で、さらに派手になり、
まだ量産もされていないはずの最新鋭戦闘機F-35まで相手にして
ハイウェイを派手に破壊しまくります。
 冒頭で登場するマクレーンの娘は、
お約束通り、テロリストの人質になってくれます。

 アクションシーンはそれなりに練られて手が込んでいるし、
2時間の間、決して飽きさせないんですが、ん~
皆、セオリー通り。。。
十年の歳月が私の映画を観る目をスレさせてしまったんでしょうか。
あるいは「ダイ・ハード」ブランドに期待し過ぎちゃったのでしょうか。

 それに、この手のアクション映画にありがちな、"ありえね~"的ツッコミどころが、
前シリーズにもあったものの、今回ちょっと増えているような気がします。
 一番気になったのは、テロリストが真の標的とした○○○○です。
テロに備えるならこんなモノは作らないでしょう。
これを考えた脚本家はインターネットが一極集中を避けるために考え出されたこと、
忘れていたのでしょうか。
サイバーテロを正面から扱った映画だから、知らないってことはないでしょう。

 まあ、あまり深くは考えずに、悪者をやっつける爽快感を堪能する、
それがこの映画の正しい楽しみ方なのでしょう。
                          (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-07-20 23:40 | アクション | Comments(2)
 不思議さんが闊歩する、大林ワールドがお好きな方はどうぞ  公式サイト

 私は仕事の関係で一時期、広島に住んでいたことがあります。
広島に引っ越して最初に行ったのが平和祈念公園、次に宮島、
その次に行ったのが尾道でした。
 大林宣彦映画のロケ地を見て回るのと、尾道ラーメンを食べるためでした。

 「転校生」が公開されてから、もう25年も経つんですか。
確か小林聡美の映画デビュー作で、その熱演が評判になりました。

 「転校生」は少年と少女の心がひょんな拍子で
入れ換わってしまうという、お話です。
誰でも思いつきそうな安直な設定ながら、
実際に体が入れ換わったら起こるだろうドタバタを(下ネタ含め)、
丁寧に描いて見せました。
入れ替わったことで互いの違いに気付き、相手を思いやれるようになれる、
そんな、ちょっと成長の物語でもありました。
大林監督想い入れの、レトロな尾道の町並みが映画に情緒を与えていました。
足の悪い学級委員長の浴衣姿を見送るショットで
少女への淡い憧憬を感じさせたのは、大林監督の真骨頂でした。
当時、元気の無かった邦画の中で、数少ない秀作でした。

 「転校生」の成功でその後、大林監督は尾道を舞台に映画を撮り続けますが、
後作はどれもファンタジック過ぎて、「転校生」がリリカルとリアルのバランスが
一番良かったように思います。
(ただ私が良かったと感じた部分の半分は、原作に負うところが大きいようですが。)


 「転校生」を大林監督が再映画化するという話を聞いて、
旧作のファンとしてはうれしくもありましたが、
なぜ、今になって自分でリメイク? というのが正直な感想でした。
しかも尾道を離れて長野を舞台にするというのは、
どんな心境の変化でしょう?

 謎はパンフレットの監督自身の序文を読んで解けました。
進めていた企画が頓挫して、急遽引っ張り出したのが
旧作のリメイクというわけですか。
"長野を舞台に映画を"と頼まれたから、ですか。
頼まれたら断れないんですね、大林監督。
でも、長野を舞台にしながら、"やっぱり尾道がいい"というのが透けて見えちゃいます。
 それに、"「転校生」のような映画を"と言われて、
「転校生」を撮っちゃうのは、まんまじゃないですか?

 ただし、そこは百戦錬磨の大林監督、単なるリメイクにはしていませんでした。
映画は後半、旧作とは違う展開を見せ、明るいエンディングだった旧作とは
ある意味、正反対の終わり方をします。
 しかしこの展開、入れ換わるという設定なら、ありえる可能性だし、
考え方によってはとても深いテーマになるのですが、
そんな掘り下げ方はほとんど無いまま、映画は終わってしまいます。
だいいちこの展開では、元に戻ったとしても心から喜べないじゃないでしょうか。
 そこに深いテーマがあると思うんですが。。。

 タランティーノ(失礼!)のような映画マニアの監督が商業的拘束(ヒットさせること)
の圧力下で(観客を意識しながら)撮った映画は、しばしば傑作が生まれますが、
そんな監督がひとたび、拘束を離れて好きに撮ってしまうと、
(マニアック過ぎて)凡打に終わってしまうことがままある、
と言う評を読んだことがあります。
大林映画には、時々そんな雰囲気を感じます。
 この映画には、恋人の一美にキェルゲゴールを読ませようとする
エキセントリックな彼氏や、ヒロシ演じる妙なセリフ回しのバカ息子など、
いろいろ「不思議さん」が出てきます。
ヒロイン一美自身も物語世界に入り込んでしまう、「不思議さん」という設定です。
現実を超えた、そんな大林ワールドがお好きなら、この映画は楽しめるかもしれません。
                                             (☆)
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by am-bivalence | 2007-07-06 23:19 | ファンタジー | Comments(6)