劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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<   2007年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

screen42 ミス・ポター

 子供でも楽しめるミス・ポターの恋愛秘話 公式サイト

 実は私、ピーターラビットの絵本は一冊もちゃんと読んだことがありません。
ただ、以前TVのドキュメンタリー番組で見た、
作者ポター女史のナチュラリストとしての面が印象に残っていて、
この映画に興味を持っていました。
 彼女の描く動物達は写実的です。背景に描かれる植物も、
実在のものを正確に描いているそうです。
ナショナル・トラスト運動の創成期に大きく貢献したことなども
ポター女史に興味を引かれた点でした。

 実在のポター女史が、どんな人だったかは知りませんが、
絵本を出す時にコストのかかる色刷りはやめようと考えていたり、
ピーターラビットのぬいぐるみの製造を初めてライセンス供与したり、
意外に、現実的なビジネス感覚を持った"かしこい"人だったように思えます。

 でも映画でのポターは、上流階級の箱入り娘で、
自分の描いたキャラクターを友達と呼び、話し掛ける、
夢見がちの人物のように描かれています。
 ポターのキャラクター達をアニメで動かして見せるなど、
ピーターラビットファンの子供達が観ることを配慮したんでしょうか。

 自分の空想世界に入り込むという点では、
「パンズ・ラビリンス」のオフェイリアに重なる部分がありますが、
この物語が「パンズ・ラビリンス」と違って明るいのは、
ポターがあくまでポジティブだからというのもあるのでしょう。
 「パンズ・ラビリンス」がファンタジーと言いながら、
ダーク過ぎて低年齢層に観せるには問題があるのと対照的に、
「ミス・ポター」は実話でありながら子供でも楽しめる内容です。
この安心感は小学生向けの伝記物語のようです。

(以下、ネタバレ)

 映画は、編集者との恋が中心となっていくのですが、
この恋愛は唐突に意外な結末を迎えます。
 この突然な恋愛の終焉が会話だけで示され、決定的映像が出てこないので、
ミステリ映画を観過ぎてひねくれていた私は、
てっきり結婚に反対されていた二人を別れさせるための策略かと
疑って観ていました。
 おかげでポターの悲しみにシンクロするタイミングを外され、
悲しみを共有できぬまま後半に移ってしまったのが残念でした。
 それに、後半ポターが立ち直る部分が時間の経過としか描かれておらず、
もっと丹念に過程を描写してくれたら、より感動できたような気がします。

 それにしても、後半ポターが移り住み、土地を買い上げても開発から守ろうとした、
イギリス湖水地方の風景は美しいものでした。
 ポターの半生を描いたドラマよりも、
この光景が今も観れるのは、ピーターラビットあってこそであることに、
感慨を憶えてしまうのでした。
                    (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-10-30 22:26 | 伝記 | Comments(6)
 悲劇か、ハッピーエンドか、
   ファンタジーを信じられるかで解釈が全く違う
  公式サイト

 スペイン内戦と聞くと、私はある種の感慨を持ってしまいます。
高校の頃、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」や、
写真家ロバート・キャパの「ちょっとピンボケ」を読んで興味を持ち、
スペイン内戦とは何だったのか、歴史を調べてみたことがあったからです。

 スペインは昔から政情が不安定で、内戦を繰り返しているんですが、
フランコ反乱による内戦は、いわばファシズムと反ファシズムの
第二次大戦前哨戦でした。
世界中から集まった義勇兵の善戦も空しく、
内戦はファシズムの勝利で終わります。
 それは、世界には不条理なことがたくさんあって、
正しい者が必ずしも報われるわけではないことを示した、一つの例でした。

 第二次大戦中のスペインという、
死が身近にありふれていた時代を背景にしたこの映画ほど、
現実と空想の世界の関連を描いたものは、珍しいのではないのでしょうか。
現実からの逃避と見られがちなファンタジーの側面を、
直接的に問いかけているのです。

(以下、ネタバレアリ)

 過酷な現実の中で、夢の世界へ入り込むオフェイリア。
嘘と苦痛の無い魔法の国に行くというのは、
本当に現実逃避として生み出されたものだったんでしょうか。
 着たくないドレスを汚したり、食事を抜かれた後に
迷宮内で御馳走に出会うのは、現実の意趣返しのように見えますが、
迷宮での体験は決して現実より心地良いものではありません。
最後の試練でも、オフェイリアが本当に逃げ出したいと思っていたなら、
弟を犠牲にしたのではないでしょうか。

 またオフェイリアは、マンドラゴラの根で母親を助けようとします。
それは成功したように見えましたが、
空想を受け入れるゆとりのない母親達によって
彼女の願いは砕かれてしまいます。
オフェイリアのファンタジーは現実を救いたかったとも思えるのです。
無力な幼い少女にとって、現実を変えるには
空想しかなかったのではないでしょうか。

 ラスト、オフェイリアの死は、他人には悲劇にしか見えませんが、
オフェイリア自身は幸福感に包まれて死んでいくのが救いでした。
それこそがファンタジーの力なんでしょうか。
 彼女の死を悲劇と見るか、ハッピーエンドと見るかは、
彼女の見た魔法世界の存在を信じるかどうかで分かれると思います。

 フランコのファシスト政権は、ドイツ、イタリア、日本が敗れ
大戦が終了した後も30年以上続きます。
映画では市民兵側が一旦勝利したように描かれていますが、
実際の彼らの運命は、その後も過酷だったはずです。
                          (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2007-10-14 13:58 | ファンタジー | Comments(2)

screen40 キサラギ

 疑問を解いていく先には。。。の、タマネギ映画  公式サイト

 映画クチコミサイト等の満足度ランクでずっと上位に挙がっているこの映画、
近所で公開されたので観てみました。

 確かに脚本はすごく練られていて、見事です。
ワンシチュエーションという難しい設定にもかかわらず、
2時間のあいだ飽きさせず、物語に引き込ませてくれます。

 焼身自殺したアイドル如月ミキの一周忌に集まったファンサイトの常連5人が、
如月ミキの死の真相を議論していくという内容なんですが、
謎解きに凝っているものの、基本はコメディ。
アイドルオタクのディープなところを笑うだけでなく、
会話の面白さも楽しませてくれます。

 自殺とされた死に、他殺の疑いが出て、
徐々に如月ミキと集まった5人の関連も明らかになっていきます。
如月の死の真相に至るまでが、
謎解きそのものを楽しむ探偵小説のようで、出色です。
 謎という皮を剥いでも、剥いでも、謎が出てくる
タマネギのようなプロットが良くできています。

 ただ、謎解きミステリ映画としては面白いのですが、
これに感動とかカタルシスがあるかというと、
私は?となってしまいます。
如月ミキの死の真相は一応、明らかになりますが、
そこに感動的なドラマがあるわけでもありません。
純粋な探偵小説が読むパズルなら、これは観るパズルとも言えます。
 タマネギを剥き続けると無くなるように、
謎を解き終わってみると、真相解明のすっきり感以外、
私の手元には残っていないのでした。
                    (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2007-10-07 21:47 | ミステリー | Comments(2)
 古き良きイタリア映画へのオマージュ  公式サイト

 この映画、死んだはずの母親が生きていた秘密とは。。。という
ミステリー仕立てのプロットが気になって観てみたんですが、ちょっと期待外れでした。
 母親やその娘ライムンダの抱える秘密が途中でほぼ予想できてしまうので、
ミステリーとして観るには意外性がありません。

 映画の最初、ライムンダの娘が父親をはずみで殺してしまいます。
ライムンダは夫の死体を密かに処分しようとするので、
ドラマはサスペンスに向かうのかと思いきや、
後半は死んだはずの母親のことがドラマの中心になり、
夫の死体はどうでもよくなってしまいます。

 夫の死体を閉鎖したレストランの冷蔵庫に隠したことから、
ひょんな拍子で死体を冷蔵庫に入れたまま、
勝手にレストランを営業することになるシュチュエーション。
 ヒッチコックが好みそうなブラックコメディタッチなんですが、
いかんせん、ペネロペにコメディアンヌの才が無いので、これも中途半端。

 そう、この映画、ドラマがあちこっちにふらついて、中途半端な感じがするのです。
ラストの母とライムンダの和解も、感動するには盛り上がりに欠けます。


 良かったのは、ライムンダを筆頭にした女性達の逞しさ、したたかさでしょうか。
監督が「女性」というジャンルの映画が撮りたかったと言っているように、
主要登場人物はほとんど女性ばかりです。
 かといって、宮崎アニメのヒロインのように、女性を神格化している訳でもありません。
部屋に隠れている母親の気配を、ライムンダは母のオナラの臭いで気付いたりするのです。

 生活力旺盛なライムンダは、閉鎖しているレストランを
無断で営業してお金を稼ぐ機会を逃しません。
 ストーリーに絡んでくる主な男性は、ライムンダの父と夫の二人だけですが、
この二人がどうしようもない男で、女達の逞しさと対照的です。

 この生活に追われながらも逞しい生命力を見せるラテン系女達は、
まるで昔のイタリア映画を観ているようです。
 昔、タモリがイタリア大使館でやって見せてバカウケしたというイタリア映画のイメージ、
朝遅く起きてきたぐうたら息子に、スープをかき混ぜながら口うるさく小言を言う、
肝っ玉かあさんのイメージを連想させるのです。
 レストランを開くのに足りない材料を、近所の知り合いに頼んで譲ってもらうといった、
近隣や親類の結び付きが強いのも 現代では失われてしまったもので、
昔の映画を観るようです。

 監督はペネロペ・クルスに、ソフィア・ローレンなどの往年のイタリア名女優を
参考にするよう、言っていたそうです。
 そんな女性像を現代に描き直した、
これは監督のイタリア映画へのオマージュなんでしょうか。

 女性たちは、ただ逞しいだけではありません。
ライムンダが死んだダメ夫を埋めた場所は、
実は生前、夫が好きだった場所だったことが後で判ります。
ちらりと見せる、そんな女の度量の広さに、はっとさせられます。


 故郷の村への行き帰りに、風力発電機の風車が立ち並ぶ風景が度々出てきます。
なんでだろうと思っていたら、故郷の村というのはラ・マンチャ、
風車に立ち向かったドン・キホーテの出身地でした。
                          (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-10-05 21:27 | 人間ドラマ | Comments(2)