劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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<   2010年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

SCREEN113 アイガー北壁

極限状況でのクライマーの執念と無念を見せるサスペンス佳作 公式サイト

 アイガー北壁と言うと思い浮かぶ映画が、
クリント・イーストウッドが主演・監督した「アイガー・サンクション」。
その「アイガー・サンクション」でも描かれているように、
アイガー北壁というのはちょっと変わった山です。
ヨーロッパ・アルプスの最難所と言われながら、観光のアクセスもよいのです。
アイガー北壁内にはユングフラウ鉄道のトンネルが通っており、
中腹のアイガーヴァント駅からは、一般観光客でも北壁からの眺望を楽しめます。
 また、山麓にはアイガー北壁全体を一望できるリゾートホテルがあって、
天気が良ければ、望遠鏡で北壁を登るクライマーを逐一観察できるのです。
「アイガー北壁」劇中のセリフにあったように、まさに”垂直の闘技場”。
 そんな環境がまだ北壁が未登攀だった時代に既に整っていたのを
この映画で知って ちょっと驚きました。

 「アイガー北壁」はヨーロッパ・アルプス最大の難ルート、
アイガー北壁の初登攀を目指す登山家達に起こった悲劇の実話を元にした物語です。
この事件はヨーロッパ・アルプスの登山者なら誰でも聞いたことのある有名な逸話だそうで、映画を観れば、確かにその劇的な物語が今だに語り継がれるだけあることが分かります。
「アイガー北壁」は山岳映画というジャンルにとどまらず、
登山を知らない人でも十分見ごたえのあるサスペンス映画の佳作にもなっています。

 1936年、ナチス・ドイツが勢力を拡大していた時代。
ナチスはヨーロッパ・アルプス最後の難ルート、アイガー北壁を初登攀した者に
ベルリン五輪(レニ・リーフェンシュタールがオリンピック映画の名作と言われる
「民族の祭典」「美の祭典」を撮った大会)で金メダルを授与することを決定、
この年、多くの登山隊がアイガー北壁に集まります。
ドイツ人トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサー組もその一つでした。
 彼らはドイツ代表のように注目されますが、
意外だったのは、彼らは誰の援助も受けていないことです。
彼らはハーケンを手作りし、少ない自己資金で登山するため、
交通費を節約して、アイガーまでの道のり600kmを自転車でやってきます。

 なぜ、「実話の映画化」でなく「実話を元にした映画」なのかというと、
映画の骨子に大きなフィクションが加えられているから。
どこがフィクションかは後述するとして、
事件の概要には、史実として伝わっているものに忠実で、
出来る限り再現しているようです。
ただどうしても事件の細部に不明な部分があり、推測で構成されたものがあって、
映画の中心部分にフィクションを入れたのは、どうせ虚構が避けられないなら、
いっそ映画向きにフィクションを加えて面白くしようということでしょうか。

 それにしても、死地に立ったクライマーの見せる生命力、
生還への執念は驚かされます。
 同じく実話を映画化した「運命を分けたザイル」や、
沢木耕太郎のノンフィクション「凍」もそうでしたが、
もう体力、気力を使い果たしたと思われてもなお、
彼らが死力を尽くす姿は心揺すぶられました。(☆☆☆)

*史実とフィクションに関すること(ネタバレ注意!)
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by am-bivalence | 2010-07-27 23:37 | 人間ドラマ | Comments(0)
 前半、親子の愛情あふれる触れ合いが微笑ましく、痛ましい 公式サイト

 2005年に自殺したフランスの映画プロデューサー、アンベール・バルザンをモデルに、
父親と娘たちとの交流、残された家族の立ち直る姿を描いた作品。
 映画の前半はプロデューサーの仕事に忙殺されながらも、
家族との時間を大切にしている父親グレゴワールを中心に展開します。
下の娘2人が「劇」として見せるニュースキャスターごっこを家族みんなで楽しんだり、
旅行先で訪れた教会の天井画を娘達にやさしく説明したり、
何気ない親子の触れ合いが愛情込めて描かれていて微笑ましく、
後半の展開を知っているだけにちょっと痛ましい気持ちになります。
 こういった描写があるから後半が生きてくるんですが。

 苦しい財政事情をなんとかやりくりして自転車操業していた映画プロダクションが、
金銭感覚に疎い映画監督が小切手を現金化してしまったことをきっかけに、
資金繰りが急速に悪化します。
スタッフとも険悪な雰囲気になったりし孤立していったグレゴワールは、
ついに自ら命を絶ちます。
 このあたり、ちょっと唐突で違和感を感じました。
自ら死を選ぶ人というのは、もっと前から「死」という選択肢のカードを胸の奥に隠し持っていて、いつ切ろうか逡巡しているような気がするからです。人には決して明かさずに。
もっとも、資金繰りが悪化するずっと前に冗談めかして
「資金難になったら自殺でもするか」というシーンはありましたけど。
 モデルになったアンベール・バルザン氏は普段は話し好きで社交的でしたが、
亡くなる5カ月ほど前から鬱を患っていたそうです。

 残された妻シルヴィアと3人の娘は嘆き悲しみますが、
プロダクションには何百万ユーロの負債と未完成の映画が残されていました。
悲しむ間もなくシルヴィアは借金を何とかして着手中の映画を完成させようと奔走します。
それがグレゴワールの遺志だと信じての行動です。
 気丈にもシルヴィアは残された遺族が一度は口にするであろう疑問を言いません。
それを率直に問うのが子供たちです。
「なぜ?」「どうして私達を残して?」

 お父さんは私達のこと思ってくれてなかったの?と言う幼い子に、
グレゴワールの友人はこう答えます。
「いつも君たちのことを考えていたよ。でも一瞬忘れてしまったんだ。」
ごまかさない率直な物言いは、彼女たちが事実をゆっくり受け入れていくしかないと思ってのことでしょうか。

 年長の長女は事情が分かるだけにもっと複雑で、
ふとしたことから父に隠し子がいた事を知りショックを受けます。
その事で父をなじる長女に対し、母は
「お父さんとの楽しかった日々を思い出して。父親の愛の深さを忘れないで。」
と毅然と言います。
 う~ん、確かにいい父親ではありましたが、
済んだ事とは言え浮気していた夫をそう擁護できるなんて、
父よりも母の愛の深さ、度量の大きさを感じてしまいます。
続けて母は
「死は人生の否定ではない。死は人生の数ある出来事のひとつ。」
とも言うのです。
 考えさせられる言葉ですが、この強さはどこから来るんでしょう。
気が強いと噂に聞くパリジェンヌの持つ強さなのか、
まだ20代の女性監督の理想像なのか。。。
                    (☆☆
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by am-bivalence | 2010-07-07 00:07 | 人間ドラマ | Comments(0)
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by am-bivalence | 2010-07-06 23:53 | 人間ドラマ