劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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SCREEN121 大いなる西部

 西部劇を否定した西部劇 参照サイト

 午前10時の映画祭には西部劇が6本含まれています。
(「ワイルド・バンチ」「明日に向かって撃て!」
「シェーン」「大いなる西部」「荒野の七人」「荒野の用心棒」)
ジョン・フォード作品やジョン・ウェンが出てこないのが"?"ですが、
ともあれ、私がこの中で一番面白いと思ったのが、「大いなる西部」でした。
 なにしろこの映画、
タイトルからは西部劇礼賛のような映画に見えますが、実際はその逆、
西部劇が暗黙のうちに賛美している"力の正義"や"暴力"を批判し、
ある意味西部劇自体を否定してしまったような映画なんです。
(以下ネタバレ注意)

 「大いなる西部」の主人公は東部からやってきた元船長、ジェームズ・マッケイ。
彼はテキサスの大牧場主の娘パットと婚約し、
東部の生活を捨ててテキサスに来たのですが、
パットの父が経営する牧場は水場を巡って別の牧場と対立していました。
テキサスに着いて早々マッケイは、
敵対する牧場主の息子一党から嫌がらせを受けます。
ところがこの時のマッケイの反応が変わっていました。
憤慨するパットを横に、マッケイは嫌がらせを受けても、
何事もなかったかのように平然としていたのです。
 普通の西部劇ならその場で応酬するか、後できっちりやり返すのが定石でしょう。
しかしマッケイにはそんなそぶりは全く無く、
ちょっと手荒い歓迎を受けた程度にしか受け取ろうとしませんでした。
彼は徹底した平和主義、非暴力主義者だったのです。

 マッケイは"力"を行使したり、誇示することを嫌います。
彼の平和主義は西部の人間には臆病者のように見られ、
やがて婚約者からも失望されて、マッケイは牧場を出て行くことになります。
非暴力を貫くのは、実は暴力に暴力で対抗するよりずっと難しく、
理性と勇気がいるものなのですが。。。
 牧場を出て行く夜、
マッケイは牧童頭のスティーブと二人だけで殴り合いの決闘をするのですが、
最後にマッケイは吐き捨てるように言います。
「これが何の証明になった?」

 西部劇と言えば卑劣な悪漢を正義のガンマンが撃ち倒すのが一つのパターン。
「シェーン」などはその典型、爽快な勧善懲悪がカタルシスを生む、娯楽の王道です。
でも、それって冷静に見れば殺人じゃないですか?
銃に対抗して銃で決着を付ける、最後は正義の名の下に力が物を言うわけです。
西部開拓時代、法の庇護が及ばない広大な土地では、
そういった事はどうしても必要だったのでしょう。
開拓者が無法者、大自然の猛威といった様々なものから身を守るために
頼れるのは自分自身しかなかったからです。
自立自衛が開拓者精神、アメリカ人の精神的原点でもあります。

 ただ、力に力で対抗する時、無法者とヒーローの境界は
"正義を行っている"という一点だけです。
でもその正義が相手の立場からは悪だったら?
各々がそれぞれの立場で正義を主張したらどうでしょうか。
それは、自分が正しいと思えば力づくで相手に従わせてしまう危険性を孕んでいます。
 そして強さが物を言う世界では、マッチョな男らしさを信奉し、
臆病者を毛嫌いするメンタリティが生まれてくるのです。
(今年公開の「ツリー・オブ・ライフ」にも息子に強くあることを強要する父親
が描かれていますが、この舞台がテキサスであるのも無関係でないと思います。)

 「大いなる西部」でも仇の牧場主ヘネシーにも言い分があって、
彼の主張も正当性があるように描写されています。
 マッケイは何とか両者を和解させようと模索するのですが、
水場を争う対立はエスカレートしていき。。。
 私は途中までこの映画が、ひょっとしたら人が死なない
珍しい西部劇なのかと思いながら観ていました。
さすがに娯楽映画、そうは行かなかったのですが、
それは非暴力という理想の限界を表しているんでしょうか、
次の世代に新しい時代の変革を託してるんでしょうか。

 原題は"The Big Country"。
映画では広大な西部の風景が写りまさにビック・カントリーだと思わせますし、、
劇中でも何度か「ここはビック・カントリーだから」と誇らしげにテキサス人が言います。
その時マッケイは「海の方が大きい」とつぶやいて、その独善性を静かに揶揄するのです。
(実際、アメリカ内陸部では生涯一度も海を見ない人も少なくないそうで。
マッケイが元船長という設定が生きています。)

 西部劇全盛の1958年にこんな映画が
2時間46分の大作として作られたのはちょっと驚きでした。
スェーデン出身作家の小説を原作にしているそうですが、
ドイツからアメリカに移民してきたテイラー監督だから
冷静にアメリカ人の精神性を観ていて、原作小説に興味を持ったのかも知れません。
 午前10時の映画祭の西部劇を全部観ておいて
一番面白かったのがこんな西部劇らしくない西部劇という私も、
本当は西部劇が好きでなかったりして(笑)。
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by am-bivalence | 2011-10-15 01:45 | 人間ドラマ | Comments(0)