劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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screen30 ダイ・ハード4.0

 可もなく不可もなく、オーソドックスに娯楽アクションの王道をゆく 公式サイト

 このところ、往年の名シリーズ復活が続いています。
「ロッキー・ファイナル」は意外と健闘したようですし、
本当にやるの?と思っていた「インディ・ジョーンズ4」は
本当にクランクインしちゃいました。
 「ダイ・ハード」の新作が十数年ぶりに公開されても、もう驚きませんよ。
スタローンやハリソン・フォードがオーバー60歳だってことを思えば、
ブルース・ウィルスの52歳なんて、まだまだイケル、イケル。

 残念ながら、私は「ダイ・ハード」1作目を映画館で観ていません。
当時のアクション映画はスタローンの「ランボー」や、
シュワルツネッガーの「コマンドー」のような
マッチョなヒーローが超人的パワーで暴れまわるのが主流でした。
 公開時の「ダイ・ハード」のCMも、
ブルース・ウィルスが上半身裸で消火ホースを体に巻きつけ、
爆炎をバックにビルから飛び降りるシーンを大々的に見せて、
肉体派アクションヒーローを連想させる造りになっていました。
私は"またか"と思って観に行かなかったのですが、
大方の日本人も肉体派アクション映画に飽きていたのか、
興行成績もいまひとつだったようです。
(日本での興行成績が「ダイ・ハード2」=51.1億円、「3」 =72億円に対し、
「1」=18.4億円 )

 そんな「ダイ・ハード」が日本で評判になったのは
レンタルでその面白さが再発見され、口コミで広がったからと記憶しています。
主人公がパワーだけで押しまくるマッチョマンでなくて、
事件に巻き込まれた不運をグチりながらも、体力と知恵をふり絞って行動する
等身大の人間だったのが新鮮でした。
高層ビルという閉じられた空間で起こりうるシチュエーションを
全てやって見せたような よく練られた脚本で、観る者をうならせました。
「ダイ・ハード」はアクション映画の流れを変えた名作だったとともに、
レンタルになってから注目された稀なケースだったんじゃないでしょうか。

 続く「2」,「3」も大ヒットし、お客を惹き付けた「ダイ・ハード」ブランド、
「4」はどうかというと。。。何とかブランド価値を保った、というところでしょうか。
 続編の常道で事件はますますスケールアップ、
今回は全米を巻き込んだサイバーテロが相手。
 クライマックスも続編の常道で、さらに派手になり、
まだ量産もされていないはずの最新鋭戦闘機F-35まで相手にして
ハイウェイを派手に破壊しまくります。
 冒頭で登場するマクレーンの娘は、
お約束通り、テロリストの人質になってくれます。

 アクションシーンはそれなりに練られて手が込んでいるし、
2時間の間、決して飽きさせないんですが、ん~
皆、セオリー通り。。。
十年の歳月が私の映画を観る目をスレさせてしまったんでしょうか。
あるいは「ダイ・ハード」ブランドに期待し過ぎちゃったのでしょうか。

 それに、この手のアクション映画にありがちな、"ありえね~"的ツッコミどころが、
前シリーズにもあったものの、今回ちょっと増えているような気がします。
 一番気になったのは、テロリストが真の標的とした○○○○です。
テロに備えるならこんなモノは作らないでしょう。
これを考えた脚本家はインターネットが一極集中を避けるために考え出されたこと、
忘れていたのでしょうか。
サイバーテロを正面から扱った映画だから、知らないってことはないでしょう。

 まあ、あまり深くは考えずに、悪者をやっつける爽快感を堪能する、
それがこの映画の正しい楽しみ方なのでしょう。
                          (☆☆)
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by am-bivalence | 2007-07-20 23:40 | アクション | Comments(2)
 「カリブの海賊」がなぜアジア?と考えさせない、
 エンドタイトル後まで見逃せない娯楽佳作
  公式サイト

 実は私、帆船ファンでもあります。
日本丸や海王丸が横浜に寄港して一般公開されるたび、
ワクワクしながら見に行きました。
中学の頃ホーンブロワーシリーズを読み始めて以来、帆船は憧れでした。

 ホーンブロワーシリーズとは、18世紀イギリス海軍の艦長
ホレイショ・ホーンブロワーの活躍を描いたC.S.フォレスターの海洋冒険小説です。
 革命後のフランスとイギリスが対峙していた大航海時代、
船乗りのくせに船酔いしやすく、高所が苦手という、
どこか人間的なホーンブロワーが、
フランス海軍や、時には海賊(私掠船)を相手に、
自艦を指揮して、信頼する部下と戦い抜いていきます。
 帆船による砲撃戦や、艦上の切り込み戦などは
生き生きとした描写で、目に浮かぶようでした。

 映画「マスター・アンド・コマンダー」は、まさにホーンブロワーの世界を
CGを駆使して忠実に映像化していました。
長年空想していたシーンを目の前に再現してくれたことに、感動しました。
 「パイレーツ・オブ・カリビアン3」も「マスター・アンド・コマンダー」と同じ
ILMがSFXを担当していて、リアルで迫力ある砲撃戦を見せてくれます。

 チェーン弾を使ってマストにダメージを与える描写や、
戦艦の内壁が赤く塗られているところ(戦闘で飛び散る血で
兵が戦意を消失しないため赤くしたといわれる)、
操艦時に相手の風上に回ろうとしたり(帆船戦では風上の船が有利)、
砲撃戦で飛び散る木片(多くの兵は砲弾よりもこれで負傷する)、などは感涙ものです。

 と、マニアックな見方はとにかく、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズは
毎回、娯楽映画としてレベルが高く、帆船ファンならずとも楽しませてくれます。
「3」ではカメオ出演で顔見せ程度と思っていたキース・リチャーズが、
わずかのシーンながら圧倒的存在感で、驚きです。
 ただ、「3」は「1」,「2」と比べ、少しボルテージが下がっているような気がします。

 前半、デイビィ・ジョーンズ・ロッカーに囚われている
ジャック・スパロウの描写が映画のテンポを止めてしまっていたり、
中盤、様々な人物の裏切り、意図が入り乱れすぎて
ストーリーがだれてしまうようなところがあります。
クライマックスの大艦隊を目にして、総力戦が始まるかと思えば
さにあらずだったり、大海賊が9人も集まりながらほとんど活躍しない点、
デイビィ・ジョーンズと女神の因縁の結末が中途半端に見える点なども、
少し大風呂敷を広げすぎた感じもあります。
 ただ、ウィルとエリザベスの辿る運命は、大団円とは行かないのが
ちょっと予想外で、これまでのシリーズとはちょっと違った後味を残します。
(本当に、エンドタイトル後まで見逃せません。)

 一方で、映像イメージはところどころ、ハッとさせられるものがあります。
「2」のデイビィ・ジョーンズやその配下のビジュアルもよく出来ていると思いましたが、
今回はデイビィ・ジョーンズ・ロッカーでの白い平原上の帆船、砂の海を進む帆船、
世界の果てで滝になっている海など、インパクトのあるイメージを
うまくストーリーの中に組み込んでいて、秀逸でした。
                          (☆☆
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by am-bivalence | 2007-06-04 00:34 | アクション | Comments(6)

screen27 スパイダーマン3

 健全な少年のためのヒーローなのだろうが。。。  公式サイト

 アメコミの映画化作品は、ある程度の年齢になると、
その荒唐無稽さについて行けなくなることがあります。
まあ、娯楽と割り切ってしまえば、ツッコミ所満載の映画も
それなりに面白いものです。
 そんななか、「スパイダーマン」シリーズはちょっと視点が変わっていて、
楽しませてくれました。
 内向的な普通の青年が、突然超能力を持ちヒーローになることで
見えてくるリアリティです。

 1作目では、自分には関係ないと逃がしてしまう強盗によって
叔父が殺されてしまうエピソードが、ヒーローになる動機に、
強い説得力を持たせました。
(ヒーロー活動は、見方を変われば”お節介”とも取れますが、
それを”力を持つ者の責任”としたのは、ある意味アメリカ的でもあります。)

 2作目では、アルバイトとスパイダーマン家業の二足のわらじで
ピーター・パーカーが過労気味になってしまうのが、
”ヒーローはボランティアだったんだ”と認識させてくれました。

 では3作目でも、何か新しい視点を示してくれるかというと、
それが見当たらないのです。
 あえて言えば、今回は、スパイダーマン自身が
これまでの敵の苦悩を体験する点でしょうか。

 前作までの敵(グリーンゴブリン、ドック・オク)は
超能力と引き換えに、精神に異常をきたし、
自分を見失って、悪役となっていきました。
 それがスパイダーマンに、敵であっても倒すに忍びないジレンマを与え、
「スパイダーマン」独特の世界観となっていました。

 今回は、アメーバのような生物に取り付かれることで、
スパイダーマン自身が精神的に蝕まれ、
”ダークサイド”に引き込まれそうになります。
(ワルっぽくなったピーターが、
ダサく見えるように演出しているのが笑えます。)
 この体験がスパイダーマンを大きく成長させているかといえば
そう見えないないところが、本作の物足りなさだと思います。

(以下、ネタバレ?)
 むしろこの体験後、最後にスパイダーマンの取った”敵を許す”という決着は、
私は、安直でないか?と疑問に思ってしまうのです。

 相手を理解し、共感するのは大切ですが、
悪にも事情があったからといって、何の贖罪も無しに
犯した罪を許してしまうのは、いかがなものでしょうか。
 サンドマンが娘を思って悪事に走ったのは同情の余地がありますが、
だからといって現金強盗してもよいという事は無いでしょう。
叔父殺しもピーターの中で許せたとしても、見逃せるものではないはずです。
 まだ、「デスノート」のように、殺されて当然の犯罪者を抹殺していくキラを、
殺人は殺人、罪を問われるべきと断罪した倫理観のほうが正しいように思えます。
 スパイダーマンのヒューマニズムが
安易な方向に向いてしまったような気がしてなりません。

 全体的に3部作の完結編的ストーリーとなっているため、
多くを盛り込み過ぎて、消化不足の感がするのが残念です。
                              (☆☆)


 参考文献:「ハリウッド・ビジネス」 ミドリ・モール著 文春新書

  「スパイダーマン」は映画化が望まれながらも、著作権が二転三転して、
  なかなか映画化に結びつかず、ジェームズ・キャメロンも諦めたのは
  よく知られています。
   本書はその経緯を始め、映画の著作権を巡る駆け引き等、
  映画ビジネスの裏側を解説してくれます。
   著作権のトラブルでビデオ・DVD化できなくなった映画が以外にあるそうです。
  そういえばあの映画、最近見かけないけど大丈夫かと、想像したりします。
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by am-bivalence | 2007-05-30 23:35 | アクション | Comments(2)
 社会派っぽいアイテムを散りばめた、四つ巴ダイヤ争奪アクション  公式サイト

 前回観た「ブラックブック」では物語の始めに、
資産家の娘だったヒロインが国外脱出のため、
預けていた資産を受け取りに行くシーンがあります。
 そこでドル紙幣と供に受け取るのが、
一袋のダイヤの原石でした。

 ユダヤ人とダイヤには大きな関連があります。
各地で迫害を受けていたユダヤ民族は
組合のある産業に就くことができず、
働き口は組合の無い職業に限られていました。
その一つがダイヤ加工業だったそうです。
(以上、「ブラックブック」パンフレット受け売り)

 やがてダイヤ流通は20世紀初頭、
ユダヤ系資本を後ろ盾にしたデビアス(De Beers)社に独占されていきます。
 といっても、その体制は磐石ではなく、
1980年頃には、イスラエルのダイヤ産業との競合で価格が暴落したりしています。
(ユダヤ系資本も、決して一枚岩ではなかったわけです。)
 それでも、今もデビアス社の独占体制は続いていて、
それがダイヤの高値安定を維持させる状況を作っています。
 デビアス社が生産調整しなければ、世界のダイヤ生産量は今の何倍もあるそうです。
ダイヤは日本で思われているほど、宝石として希少価値はないらしいのです。
(以上、ネットでちょっと検索した結果。
今の時代はネットで簡単に調べられていいですね。)

 「婚約指輪は給料の三か月分」って、
世界共通のキャッチ・コピーだったんですね。
(もちろん、これもデビアス社製)
 映画の中で、ディカプリオがこのコピーを口にします。

 本作でディカプリオは、過酷なアフリカ社会をサバイバルしてきた、
元傭兵のダイヤ密売人を好演しています。
前半のやり手ぶりと、後半に見せる人間味が
結構、ディカプリオの雰囲気にマッチしていて、
これまでで一番魅力的ではないでしょうか。

 ジェニファー・コネリーは、危険地帯を渡り歩くジャーナリストにしては
綺麗すぎるように思いますが、やっぱり魅力的です。

 ジャイモン・フンスーは、家族を取り戻そうと奔走しますが、
自分の命さえ危ういのに、そこまで家族を探そうとするか?
と、ちょっと引いてしまいます。
 アメリカ映画では、それほど命懸けで家族を守るキャラクターが好まれるんでしょうか。

 紛争ダイヤが生まれる状況を広く知らしめたこの映画、
まずは知ることが大切なのでしょう。

 ダイヤ業界は紛争ダイヤをめぐる非難を恐れたのか、
03年からダイヤの出所を明確にするキンバリー・プロセスを導入します。
ただそれもまだ完全に機能しているとは言えないようです。
アムネスティHP参照)
キンバリー・プロセスが形骸化した免罪符にならないことを。
単純な不買運動では問題は解決しないのです。


(以下、ネタバレ)
 ジャーナリストのジェニファーと密売人のディカプリオが
互いに惹かれあいながらも、結局ラブシーン無しなのがよかったです。
そうしたことで、より精神的結びつきが強調されたように思います。

 最後で使う脱出手段、往路でも使えば
簡単にダイヤを取りに行けたのでは?と思うのは私だけでしょうか。
                                  (☆☆
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by am-bivalence | 2007-04-15 00:07 | サスペンス・スリラー | Comments(8)

screen 20 デジャヴ

 タイトルを誤った佳作  公式サイト

 このブログで最初に取り上げた「トゥモロー・ワールド」は、
宣伝で損をしていたと思います。
SFであるのを強調し、人類の明日は?という点に興味がいくよう仕向けたからです。
しかし実際の映画は、SFの自由さを使って現代を比喩したものであり、
SF的人類存亡の危機を解明していくものではありませんでした。
だから宣伝に惹かれて観た観客は、肩透かしされたように思ってしまったのです。
 「デジャヴ」も内容とは関連無いタイトルが、観客にあらぬ方向へ期待を持たせ、
結果、ストーリー展開に戸惑いを感じてさせてしまっています。

 「デジャヴ」は、主人公が既視感を感じたわけでもないし、
(劇中そんな描写は無かったように思うんですが。。。)
自分の既視感を解明するために動いていたわけでもありません。
 本作のテーマは"運命は変えられないのか"にあると思います。

 この映画、リアルな現在を舞台設定にしているにもかかわらず、
一点、突飛な設定がされています。
同じトニー・スコット監督の「エネミー・オブ・アメリカ」のテクノロジーを、
大きく飛躍させたような装置です。
それが受け入れられれば、この映画は楽しめます。

(以下、完全にネタバレ)
 私、タイムトラベル映画って、好きなんです。
伏線が幾つもあって、それが後から「ああ、そうだったのか」と、
パズルのように埋まっていく面白さ、
何度も見直して、伏線を検証したり、別な伏線を発見する楽しさがいいです。
 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「バタフライ・エフェクト」、
「サマータイムマシーン・ブルース」、「時をかける少女(06年アニメ版)」、
いずれも傑作ぞろいだと思います。

 「デジャヴ」は、テロで失われた人命を何とか救おうと過去に干渉するんですが、
過去を変えたつもりが、実は変わっていなかったりします。
やはり運命は変えられないのかと思わせる演出がスリリングで、最後まで飽きさせません。
観終わってからも、この後どうなるのだろうと考えさせられました。
あのままでは、デンゼル・ワシントンは結局死ぬ運命にあるのですから。
ん?何か変だな?
 流れは変わったから、これ以上干渉はいらないってことですか。
                          (☆☆☆)

参照映画:「サマータイムマシーン・ブルース」 本広克行監督 2005年
  真夏のある日、エアコンのリモコンが壊れた大学のSF研部室に、
 タイムマシーンが現れることで起こる騒動を描く、傑作コメディ。
  タイムトラベル物というと、過去に戻って信長を倒し日本を変えようとか、
 話が大仰になり易いんですが、
 この映画は、そんなことを全く考えないところがいいです。
  脚本が秀逸で、SF的考証をきっちりやっており、
 タイムパラドックスを分かりやすく解説してくれます。
 過去を簡単に変えてしまう「バック・トゥ・ザ・フューチャー」等とは違った
 独自の世界観を見せています。
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by am-bivalence | 2007-03-25 11:55 | サスペンス・スリラー | Comments(4)
 驚くほど通常版と差がない  公式ホームページ
 
 私が「指輪物語」を読んだのは、1978年製作ラルフ・バクシの長編アニメ
「指輪物語」の公開以前だったと思います。(年がばれる。。。)
映像化された「指輪物語」を見たくて、
バクシの「指輪物語」を観に行った憶えがあります。

 今でこそファンタジー文学はテレビゲームのRPGや、
ハリーポッターの影響で認知されるようになりましたが、
あの頃のファンタジー文学はマイナーもマイナーな存在でした。
魔法だの妖精はリアリティーがない絵空事で、
ファンタジーは現実逃避物語のように見られていました。
(この頃連載開始した漫画版「風の谷のナウシカ」の世界が
アンチユートピアだったのは、現実逃避と思われたくないという
意図もあったような気がします。)

 私もファンタジー文学が好きだったわけではありませんが、
「指輪物語」を読むきっかけは、一人の作家が物語世界の歴史から言語体系まで
構築してしまう、気の遠くなりそうな作業に惹かれて、でした。
アーサー王伝説でも読むような感覚でこの大長編を読み出したのですが。。。
 恥ずかしながら、途中からストーリーを追い切れなくなっていました。

 で、「指輪物語」が「ロード・オブ・ザ・リング」として映画化されると言う話を聞いたとき、
"ちゃんと三部作公開してくれるんだろうな"というのが正直な思いでした。
 なにせ「指輪物語」の初映像化作品、ラルフ・バクシの「指輪物語」は、
前後編で製作すると言って第一部を公開しながら、
第二部は日本では公開されず終いだったのです。
(第二部は後に製作され、アメリカではテレビ映画として放映されたそうですが。
まあ、第一部の出来が不評で、興行成績もひどい物だったらしいので、
無理もないでしょう。)
「ロード・オブ・ザ・リング」の監督ピーター・ジャクソンも、
ホラー映画での評価はありましたが、ほとんど無名に近い監督でした。
 しかしそんな危惧は全く無用だったようで、「ロード・オブ・ザ・リング」はヒットし、
三部作は日本でも無事公開されました。

 さて、スペシャル・エクステンデッド・エディションは
DVD用に30分ほどの追加シーンを入れた特別編で、劇場公開したのは日本だけです。
 実際に観てみると30分も延びているのに、
ほとんど通常版と印象が変わらないのに驚きました。
もう少しカットされたエピソードがあるのかと思っていたのですが。
それだけ劇場公開の完成度が高かったということでしょうか。
それにしても、やはり劇場で観る映画は音響などの迫力が違います。
モリアの坑道のシーンなどは楽しめました。
 ただ、もともと2時間58分の長編なのに、さらに30分長くなっても
imtermission無しなのはちょっと辛いです。
観る機会があるなら、体調万全で行きましょう。
                     (☆☆)


参照映画:「ロード オブ・ザ リング 指輪物語」 ラルフ・バクシ監督 1978年
   役者を撮影してその動きをトレースする手法(今のCGで言うモーションキャプチャー
  に似ている)で造られたアニメーション。後半予算が無くて、
  画像処理したライブ映像をそのまま使ってたりしてます。
  ヒットしなかったのも むべなるかな、です。
   ただ、「ロード・オブ・ザ・リング」と似た構図のカットが幾つかあって、
  (街道で黒の騎手から隠れるシーン、黒の騎手が洪水に呑まれるシーン、
  アラゴルンの初登場の格好など)
  ピーター・ジャクソンも参考にした気配が?
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by am-bivalence | 2007-02-14 23:24 | ファンタジー | Comments(0)

screen10 墨攻

 過度に期待しなければ楽しめる  公式ホームページ

 墨家のことを私は映画が公開されるまで知りませんでした。
原作の漫画は知っていましたが、まだ読んでいません。

 墨家の思想って、原始キリスト教に似ています。
質素を宗とする共同体、敵をも愛する隣人愛、非攻。
一つ決定的に違ったのは、墨者は皆、戦闘のプロだったことだそうです。
墨家の思想の全ては、戦争を無くしたいという想いから出ているようです。
端緒がピュアである分 先鋭化し、一般には受け入れ難くなってしまったのでしょうか。
 しかし、博愛、専守防衛の思想は非常に現代的で、
戦国時代に発達しただけに、示唆に富んでいます。
こういった映画が中国、香港、日本、韓国合作で造られるのは
意義深いと思います。

 その映画の出来は、知略を尽くして城を守るプロットは面白いのですが、
娯楽映画の定石として恋愛ドラマを入れるのは
ちょっと無理があったのではないでしょうか。
戦術を駆使してきたのに、最後の決着がこれ?とも思ってしまいます。

 守るだけでも、流血の悲劇は避けられず、
守り切ったとしても、暴政が行われればやはり悲劇が続くことは、
墨家思想の限界を示しているのでしょうか。
                       (☆☆)


参照映画:「キングダム・オブ・ヘブン」 リドリー・スコット監督 2005年
   歴史物の籠城戦ならばこれ。十字軍時代のイスラエルで、
  キリスト教とイスラム教の共存する国を守ろうとした若者の物語です。
  これも宗教を超えて平和な世界を造ることがテーマとなっています。
  オーランド・ブルームがシリアスな役を好演してます。
  投石器を使った攻城戦は迫力あり、私は劇場で見なかったのを後悔しました。

参照文献:「墨攻」 酒見賢一 新潮文庫
   映画の原典となったコミックはこれが原典。映画とは革離のキャラクターが大きく異なり、
  防衛のためなら手段を選ばない策士といった印象になっています。
  三国志や史記が好きならこちらが面白いです。
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by am-bivalence | 2007-02-13 23:45 | 時代劇 | Comments(0)