劇場で観た映画の覚え書き


by am-bivalence
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 スノーデンと、アイヒマンと、人間の尊厳 公式サイト

 元CIA職員エドワード・スノーデンがアメリカ国家安全保障局(NSA)やCIAが
国民全てのネット、メール、電話を盗聴傍受していることを暴露したスノーデン事件。
全市民の通信を傍受し情報を抜き取る、それはまさに「ダークナイト」のクライマックスでバットマンが行った事を現実にアメリカ政府が行っていることになります。
しかもこれはアメリカだけでなく日本を含む世界中で行われているといいます。

 「シチズンフォー」はこの事件を扱ったドキュメンタリー映画ですが、
この映画のすごいのは、事件が公になる前スノーデンが暴露のためにジャーナリストと接触するところから撮影されている事です。初めて香港のホテルでスノーデンとグリーンウォルドらが話し合う時、スノーデンの盗聴、盗撮に対する極度の警戒ぶりに驚かされます。
彼の話を聞くにつれ、グリーンウォルドやポイトラス監督も疑心暗鬼になっていくところなど、スパイ映画さながらの緊迫感を感じさせます。

 シチズンフォーとは、スノーデンがポイトラス監督に接触するために使ったコードネームだそうです。スノーデン以前に同様な告発をした人物が3人おり、4番目の市民という意味を込めたといいます。
 この暴露でスノーデンはスパイ罪に問われ、アメリカに戻れずロシアに一時的な亡命の身になりました。
彼は祖国の裏切者なのでしょうか、真に国を憂いた愛国者なのでしょうか。
いや、彼は国家の非人道的逸脱に疑問を抱き、人間としての良心に従っただけなのではないでしょうか。

 罪を問われるスノーデンを見ていて、アイヒマン裁判を思い出しました。
「ハンナ・アーレント」や「アイヒマンショー」として映画にもなっている元ナチス親衛隊アドルフ・アイヒマンの裁判です。
 アイヒマンは強制収容所へのユダヤ人輸送を指揮し何百万人も死に追いやった人物で、モサドに捕えられイスラエルで裁判にかけられました。
元ナチス親衛隊員がどれほど冷酷で狂信的な人間か世界が注目するなか、現れたアイヒマンはいたって平凡な人物でした。アイヒマン自身は反ユダヤ主義では無かったといいます。彼は受けた命令をただ官僚的に粛々と実行したのでした。
彼を見たハンナ・アーレントはアイヒマンを「悪の凡庸さ」と評し、命令により誰でも彼と同じ行動を取りうることを指摘します。
 これに対し、スノーデンは非人道的命令をアイヒマンとは真逆に拒否する行動に出たのです。
これはなかなか出来ない事ではないでしょうか。
一般人のネットのやり取りを監視するのと、ホロコーストのような虐殺に加担するのとは次元が違うとも思われるかも知れませんが、いずれも権力によって人の尊厳を踏みにじるという点では同じです。

 組織の命令で非情な行動を要求される、これは組織の中にいる人間がしばしば陥るジレンマです。
非人道的な命令にも組織の論理に従って行動するか、自身の価値観で行動するのか。
組織に従っても、自身の価値観で行動しても、罪を問われるなら、
私達はどうするでしょうか。
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by am-bivalence | 2016-07-10 00:45 | ドキュメンタリー | Comments(0)
「ゴジラ」に垣間見る戦争の影 公式サイト

 ハリウッド版「ゴジラ」公開に先立ち、オリジナルの「ゴジラ」デジタルリマスター版が公開されました。
リメイク版「ゴジラ」にこんな副産物が付いてくるなんて、
私としては新作公開よりもこちらの方がかなり嬉しい(笑)。
10代の頃にTVでしか観たことがなかった伝説的作品が映画館の大画面で観られるのですから。
しかもゴジラと因縁深い有楽町でもやっている。
なので観に行ってきました、近場でなくシャンテまで。

 映画が始まるとオープニングにあのテーマ曲が。
「ゴジラ」が甦っている!とワクワク感が高まります。
デジタルリマスターされているだけあって傷が無いのはもちろん、音声も明瞭な気がします。
 でもねえ。。。1954年公開の古典的作品、やはり時代を感じてしまいます。
子供の頃喜んで観ていた「大怪獣ガメラ」も今見直すとチープな作りにツッコミ所満載だったりするように、「ゴジラ」も今見るとオイオイと突っ込みたくなります。当時としては大人の観客も意識した怪獣映画としては高い年齢層を狙ったものだったのですが。
伝説は伝説のまま、そっとしておいたほうが良かったかも(笑)。

 面白いのは志村喬演じる山根博士。いち早くゴジラを調査しその脅威を警告して、
一見良識的科学者のように見える山根博士ですが、
ゴジラの殺害には反対し、捕獲して研究することに固執します。
あの狂暴で放射能まみれのゴジラをですよ。
 この辺り、ゴジラを倒すオキシジェンデストロイヤーを造った芹沢博士よりも
山根博士のほうにマッド・サイエンティストぶりを感じてしまいます。
逆に、意図せずして自分の生み出したオキシジェンデストロイヤーを畏怖し苦悩する芹沢に、とてもヒューマニズムを感じます。

 今「ゴジラ」を観直してみて気付かされるのは、映画の背景に見える戦争の影です。
「ゴジラ」公開は1954年、第二次大戦終結から9年しか経っていません。
 ゴジラが首都圏を襲う経路は、実はB-29の空襲経路だそうです。
ゴジラの背後で東京の街が火の海と化し、病院が野戦病院のように怪我人で溢れる様は、当時の人にはとてもリアリティを持って恐怖と不安を呼び覚ましたのではないでしょうか。ちょうど3.11以降、我々が地震や津波に対して持つように。
いや実際に戦争を経験し命を危険に曝した世代には、それ以上だったでしょう。
 芹沢博士も戦争で片目を失い顔に傷を残した設定になっています。
戦争の傷を忘れるため研究に没頭した成果がオキシジェンデストロイヤーという大量破壊兵器となってしまう悪夢。水爆という大量破壊兵器の申し子であるゴジラに対抗するには大量破壊兵器しかないという矛盾。
 芹沢が苦しみ最後にあのような行動を取るのを、子供の頃私は理解できなかったのですが、今は理解できる気がするのでした。     (☆☆)
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by am-bivalence | 2014-06-22 01:12 | SF | Comments(0)

SCREEN122  誰も知らない

 大人としての覚悟を問われる 公式サイト

 10月に早稲田松竹で是枝監督特集があり、
初めて「誰も知らない」を観ました。
同時上映の最新作「奇跡」は今一つだったのですが
(そもそも"まえだまえだ"兄弟があまり好きではない(苦笑))、
「誰も知らない」はずっしりと観ごたえのある映画でした。

 実際にあった子供置き去り事件を題材に作られたこの映画、
内容は重いし、子供たちが追い込まれていく様子に、
観ていて、いたたまれなくなる映画でした。
でも目を逸らすことができません。
彼らがどうなってしまうのか、最後まではらはらさせられたからです。
出ている4人の子供達は自然でいかにも子供らしい。
柳楽君、この頃から真っ直ぐな目力あります。

 子供達を放ったらかしにして悲惨な状況に遭わせてしまう
母親のいい加減さには怒りを覚えますが、
YOU演じる母親はどこか憎めないところがあって、
こんな母親、いかにもいそうに思えてくるのが怖いところです。
キャスティングが絶妙です。
 一見、子供達に愛情を注いでいるように見える母親が、
簡単に子供を見捨ててしまうところは理解し難いかもしれませんが、
子供をペットと同じ感覚で扱っていると思えば、納得いくのではないでしょうか。
子供がちょっと不満を漏らし反抗的になると、プイと見捨ててしまうところは、
犬などを面倒になると簡単にを捨ててしまう人達に通じるように思います。
冒頭、子供をカバンの中に隠して引越して来る様子など、
ペット禁止のマンションに動物を持ち込むような感覚なんでしょうか。

 唯一の救いは兄弟のリーダー的存在である長男の明です。
いい加減な母親とは対照的に、しっかり者で道徳意識を持ち合わせています。
彼は生活に困窮しても、万引きなどの犯罪の誘惑に惑わされず、
援交で生活費を作ってくれた女子高生の友人も拒否してしまうのです。

 それにしても観ているうちに、この母親を単純に非難することが出来るのか、
私には自信がなくなってきました。
 彼女は2人目の子供を出産したとき、
男に捨てられ精神的にかなり不安定だったのではないでしょうか。
出生届を出す気になれないうちに機会を逸してしまい、
そのままずるずると生活を続け、心の痛手を癒すために男を渡り歩いて、
3人目、4人目が出来てしまい。。。
(妄想です(笑))
 面倒なことを後回しにして、そのまま放置してしまう、
まずいことは分かっていてもその状況から抜け出せない。。。
そんなことって誰でも何かしら経験ないでしょうか?
でも実はそれは、面倒だからではなくて、
行動する勇気がないのを面倒とごまかしていないでしょうか?

 YOU演じる母親は明にこう言います、
「私は幸せになっちゃいけないの?」
彼女は全く自覚していなかったのです。
自分を犠牲にしても負わなければならない責任があることを。
自分の事しか頭にない行動が、周囲に多大な負担をかけていることを。

 なぜ子供たちがこんな目に逢わなければならないのか考えるうち、
自分は大人として責任ある行動をしているのか、
自身にも問いかけさせてしまう映画なのでした。
                     (☆☆☆☆)
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by am-bivalence | 2011-12-23 21:27 | 人間ドラマ | Comments(2)

SCREEN120 木を植えた男

 ”木を植えること”が意味するもの  参照サイト

 7/2~10/2の間、東京都現代美術館でカナダ在住のイラストレーターでアニメーション作家のフレデリック・バック氏の作品を展示するフレデリック・バック展が開かれています。
 これに合わせ都心でフレデリック・バック氏のアニメが上映されているのを知り、観に行ってきました。
上映作品は「木を植えた男」「トゥ・リアン」「大いなる河の流れ」「クラック!」の4本。
日によっては特別にフレデリック・バック氏の全9作品を観ることができます。

 「木を植えた男」は1987年制作のアニメーション映画。
一人の羊飼いが人知れず黙々と荒野に木を植え続け、
蘇った森に生き物が戻り、世界が再生していくという感動作です。

 バック氏のアニメは、つや消しフィルムに色鉛筆で直接描くという独特の技法で、
その画面は、まさに動くパステル画といった雰囲気。
「木を植えた男」は後半森が蘇生していくにつれ、色彩が豊かになっていきます。
手書きで動く絵の揺らぎが、そのまま木々の葉がそよぐ煌めきとなって美しく表現されていたりします。
 フレデリック・バック展ではその原画が展示されていますが、
私が驚いたのは、その原画の画面サイズがはがきほどの大きさしかなく、
そこに色鉛筆で非常に緻密に絵が描かれていることでした。
バック氏は作品によってタッチを変えていますが、
「大いなる河の流れ」では写実的な生物をはがきサイズの画面に精緻に描いています。
これがアニメーションのたった1コマだと思うと、バック氏の画力、
作業の膨大さ、早さに感嘆させられます。
(しかも「大いなる~」が制作されたのはバック氏が65~69歳の時です)

 バック氏のアニメは何かしら文明批評や環境保護の精神を含んでいます。
「木を植えた男」はジャン・ジオノの原作を映画化したものですが、
これにもバック氏のその精神は反映しています。
バック氏がこの原作に強く惹かれたのも、木を植えるという行為が
環境問題と大きく結び付いていたからでしょう。
 ただジャン・ジオノの原作は環境問題だけでなく、
いろいろなテーマを含んでいるようです。
私にはこの木を植えるという行為は単に自然保護を示すだけでなく、
理想の政治というものを暗喩しているように思えます。
社会環境を整備することで人の住みやすい社会が生まれ、
人々が集い幸福になっていく。。。
それが私利私欲でなく、代償を求めずに行われるのです。
 主人公が羊飼いであるのも、暗示的です。
キリスト教社会では羊飼いは迷える羊を導く救世主のシンボル、
転じて優れた指導者の象徴でもあるからです。
                     (☆☆☆☆☆)
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by am-bivalence | 2011-08-05 23:04 | アニメ | Comments(0)
 事実の再現のみで構成しようとしたゲバラの失敗  公式サイト

 原題は「CHE PART TWO」と、いたってシンプル。
妙に凝った長い邦題を付けられると、窓口で券を買うとき言いづらくて困ります(笑)。

 それはともかく、この映画、前編に引き続き、
ゲバラのことをよく知らない者にとって、やっぱり分かりづらいです。
ボリビアでのゲバラの悲劇的最後を描いているのですが、
記録として残っているゲバラの行動を極力忠実に再現しようとしているようで、
このとっつき難さは、歴史を学ぶのに直接文献にあたっているようです。
それでもゲバラのボリビアでの苦難と失敗は伝わってきました。

 共闘するはずだったボリビア共産党が協力を止めたことで
ゲバラの革命はのっけから躓きます。
 ゲバラはキューバ革命と同じように、農村部にゲリラの拠点を築き、
勢力を拡大していこうとしますが、
肝心の農民は政府側の情報操作でゲリラを恐れ、協力しません。
次第に追い詰められていくゲバラ達。

 ゲバラは厳格な人だったそうです。
前編のラストでは、革命成ってハバナに向かう途中で
浮かれてオープンカーを乗り回す兵を叱責するエピソードがありました。
 そんなゲバラの姿に私は「ワイルド・スワン」に描かれた
著者ユン・チアンの父親を思い出しました。
ユン・チアンの父は中国共産党の初期からの筋金入りの党員で、
共産主義に根ざした理想家でした。
権力を持つと親族で利権を抱え込むのが当たり前だった中国で、
彼は一切、親族をえこひいきするような事をしませんでした。
党幹部だから送迎車が使えるといった、
特別待遇を与えられるのを嫌っていました。
その厳格さゆえに身内からは恨まれるところもありましたが。。。
 搾取のない、真に公平で平等な社会を作る、
ゲバラもそんな理想主義を抱いて行動した人だったようです。
高い理想を革命というラジカルな手法で実現しようとしたゲバラが、
悲劇的最後を遂げるのは必然だったのかもしれませんが、
その理念がとても高潔なものだっただけに、より悲劇的に見えるのでしょう。
                                 (☆☆)
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by am-bivalence | 2009-02-24 22:27 | 伝記 | Comments(0)
 後編のための長~い前説?  公式サイト

 原題は「CHE PART ONE」と、いたってシンプル。
"チェ"・ゲバラ、ある世代には熱狂的信奉者がいて、時代のイコンである人物ですが、
私はゲバラのことをあまりよく知りません。
高校の頃、彼の自伝を読んだことはありますが、
キューバ革命や彼の思想、人物像がもう一つよく分からなかった覚えがあります(^_^;)。

 この映画の事を聞いたとき、幾つか腑に落ちない点がありました。
 なぜ今頃、ソダーバーグが取り上げたのか。
革命家ゲバラを信奉する人はラジカルでアナーキーなイメージがあるので、
ソダーバーグが興味を持つのはちょっと意外な感じがしたのです。
ソダーバーグはゲバラの何処に惹かれ、何を描きたかったのでしょう。
 なぜ、ゲバラ役にスペイン語を話すという以外、
共通点の無さそうなベニチオ・デル・トロを起用したのか。
(ゲバラに容姿が似ているという点では、まだ「モーターサイクル・ダイアリー」の
ガエル・ガルシア・ベルナルのほうがよかったと思います。)
 なにより、ゲバラはどんな人物だったのかにも興味がありました。

 で、実際映画を観てみたんですが、
これが映画を観ても、事前の疑問はほとんど解けません。
 この映画、革命の勝利、戦場での恋などドラマティックな要素には事欠かないのに、
ドラマ的演出はしません。
革命後、国連演説のためニューヨークに滞在したゲバラをカットバックしながら、
キューバ革命時のゲバラの行動を淡々と見せるドキュメンタリーのような映画です。
キューバ革命が全体としてどう進み、どうやって成功したのか、
説明的描写はほとんどありません。
昔読んだゲバラの自伝のようです(笑)。

 でも観賞前の疑問は、プログラムの監督インタビューを読んであっさり解けました。
しかも、知ってしまうとなぁんだって事ばかり。
 ゲバラの企画を持ち込んだのは、デル・トロだったこと。
(全然似ていないのにゲバラ役にしたわけです(笑))。
ソダーバーグ自身はそれまでほとんどゲバラを知らなかったこと。
ソダーバーグが惹かれたのはゲバラの人間性、特にボリビアでの活動で、
それを描く補足として、キューバ革命でのゲバラを追加したこと。
映画のエピソードは全て事実に基づき、可能な限り忠実に再現しようとしたこと。

 どうもソダーバーグはゲバラのキューバでの成功よりも、ボリビアでの失敗に、
革命家としての思想や信念よりも、成功を投げ打っても次の革命へ乗り出した
ゲバラの人間性に興味があったようです。
 結局、この映画の本質は後編にこそあるわけで、
パート・ツーを観てみなければこの映画の評価はできません。
後編に期待しましょう。
      (☆☆)
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by am-bivalence | 2009-01-23 21:22 | 伝記 | Comments(0)
 仕事をするとはどういうことかを見せてくれる力作  公式サイト

 突然、目の前に大きな仕事が現れたら、人はどうなるか。
犠牲者数で史上最悪の航空機事故となった、
日航ジャンボ機墜落事故を追う地方新聞社の人間模様を描いた本作は、
普段、身を粉にして働いているビジネス・パーソンには
身につまされる映画ではないでしょうか。
 なにしろ、墜落事故報道の全権を任された主人公が遭遇する軋轢は
組織で働く者にとってリアルすぎるのです。

 販売局と編集局に象徴される組織間の対立、
過去の栄光で今の地位を維持している上司、
同期や上司から受ける妬み、上層部の派閥争いといった、人間関係、
上層部の都合で部下の功労をつぶされ、報いてやれない口惜しさ、
一人で重大な決定をしなければならない孤独、
おまけにありがちですが家庭内までギクシャクして、
親子関係もうまくいっていません。
キレイ事の「課長○耕作」とは違い、とても泥臭いです。
そして、それら一つ一つを"リアル”と感じてしまう自分の、
サラリーマンの業(笑)。
まあ、これほど露骨な職場はそうないと思いますけれど。

 ネガティブな面ばかりではありません。
スクープを追う仕事仲間との連帯感、
いい仕事には無言の賞賛をしてくれます。
対立していた上司と飲んで腹を割って話すことで
いつの間にか関係が改善していたり。。
そして、誰もが自分の仕事に対して責任感や自信と誇りを持っている。
ダーティな仕事のように描かれている販売局長までもが、です。
熱いです。
 これを観て目頭が熱くならないオヤジはいないでしょう(笑)

 また、「クライマーズ・ハイ」は
インテリやくざな新聞業界の実態も見せてくれます。
独裁的で秘書にセクハラしている社長、
新聞を売っているのは自分達で、
記事の内容など、どうでもよいと思っている販売局長など。。。
文化的なイメージのある新聞社のダークな面が興味深いです。

 クライマーズ・ハイとは、岩登りに集中するあまり、
異様な高揚状態になることで、
この時は恐怖を忘れ、自身の危険な状況も気にならなくなるそうです。
 原作を読んでいなかったので、
最初は、記者が墜落現場を探して、
がむしゃらに山中を彷徨する話なのかと思っていました。
 しかし、この物語の主人公悠木は日航事件全権ディスクなので、
彼自身は一度も現場に行かず、編集室で取材班にを指示し紙面を作っていくのみです。
そして部下がスクープネタを掴んだとき、
悠木は密かに部下に裏を取らせ、スクープを打とうと画策するのですが。。。
ここがなかなかスリリングで、
スクープの裏を取るとはこうするのかと、感心させられました。
 映画パンフにはクライマーズ・ハイについて、こんなセリフが載っています。
  「解けた時が怖いんです。
  溜め込んだ恐怖心が一気に噴出して、一歩も動けなくなる。」
このセリフと映画クライマックスで、タイトルの意味を納得できた気がします。
                        (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2008-08-03 20:13 | 人間ドラマ | Comments(2)
 フェアトレードの必要性を見せてくれるドキュメンタリー 公式サイト

 1杯330円のコーヒーのうち、コーヒー農家の取り分は3~9円。。。
これを聞くと驚くでしょうか。
公式サイトのトップにはそんな図が出てきます。
映画パンフレット添付の注意書きによると、
これはイギリスの公式サイトからの転載で、
日本の場合はちょっと違い、
東京では、コーヒー一杯の平均価格は419円、
うち、コーヒー農家の取り分は1.7円(0.4%)と、更に少なくなっています。
コーヒー輸出入業者部分が8.7%、残りが喫茶店の分です。
 ただ、これは1998~99年の調査で、2002~2003年のコーヒー危機では
コーヒー価格の0.1%=0.42円程度と、もっと低下したそうです。

 コーヒーの材料原価率が10%程度なのは、
飲食業ならばそんなものかな、と思います。
コーヒー農家の売り上げは、為替レート差があるので、
円で考える感覚とは違うと思いますが、
映画の中で採算が取れずにコーヒー栽培を止める農家が増えているのを見ると、
やはり安すぎるのでしょう。
 (映画でコーヒー栽培の代わりにチャットという
麻薬栽培をする農家が増えているとありましたが、
チャットを麻薬とするのは、やや違和感があるようです。
 エチオピアでは覚醒作用のある一般的嗜好品のようなものらしく、
何時間か噛んで、ほんのり効果が表れる程度で、依存性はないようです。
南米のコカの葉や、噛みタバコのようなものでしょうか。)

 映画の原題は"BLACK GOLD"。これ、もともと石油の比喩らしいんですが。。。
映画はエチオピアのコーヒー農協のブローカーが
コーヒーをもっと高く買ってもらおうとする活動を中心に、
エチオピアのコーヒー栽培の実情を追っています。
 映画でエチオピアの窮状は解るのですが、
アンフェアな貿易システムでコーヒー栽培者が搾取される構造は
もうひとつよく見えてきません。
結局、生産者とは全く関連ないニューヨークやロンドンの先物市場で、
投機的動きで価格が決定してしまうところに根があるようです。

 この映画の示す問題が行き着くところは、フェアトレードです。
途上国からの搾取的交易を是正し、共存共栄を目指す、
フェアトレードというムーブメントはヨーロッパで始まったそうです。
その歴史は意外と古いんですが、私が知ったのは5~6年前でした。
フェアトレードの理念は解るのですが、
ではどうやって価格を決めるのか、
保護貿易に繋がっていかないかと疑問に思ってました。
 しかし映画で、コーヒー生産者の苦しい生活や、
飢餓と隣り合わせで食料支援で暮らしているエチオピアの実態を知ると、
フェアトレードの必要性を痛感します。

 フェアトレード活動が行われているのはコーヒーだけではありません。
チョコレートのカカオ、綿など、いろいろあります。
そういったことを知らしめ、考えさせてくれるのには意義のある映画でした。
                              (☆☆☆)
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by am-bivalence | 2008-06-22 21:54 | ドキュメンタリー | Comments(0)
 目的のためにはプライドも捨てる男の執念と孤独  公式サイト

 昔、「ダラス」ってアメリカTVドラマがありました。
テキサスの石油王一家内での愛憎劇なんですが、
一家の中心となる男、JRのワルぶりが売りでした。
と言いながら、私はほとんど観たことなかったんですけど。。。(^^;
石油業界では、JRのような強引な男はさほど珍しくないようです。

 石油採掘は利権と巨額の資金が動く、生き馬の目を抜くビジネス。
かなりアクの強いツワモノ達がひしめいているらしいです。
そういえば、「アルマゲドン」で彗星を破壊しに行く男達も石油掘削業の荒くれでした。
 だから、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の主人公ダニエル・ブレインヴューが
強欲ぶりが喧伝されても、それほど意外性はありませんでした。
ましてブレインヴューは、石油の前に金を掘っていた正真正銘の山師であり、
成功への執念が人一倍強くても不思議ではありません。

 しかし宣伝ではダニエル・ブレインヴューが欲にかられて
人間性が変わっていくような印象を受けますが、
実際に映画を観ると、私にはブレインヴューが自分を見失っていくような
物語には見えませんでした。

 確かにブレインヴューは強引で、時に気性の荒さを見せます。
目的のためにはプライドさえ捨てる執念を持っています。
でも彼のスタンスは最初から一貫していて変わることがなく、
意外にもマトモな人間に見えるのです。
特にダニエル・デイ=ルイスが演じると、飄々としたキャラクターが付加して、
とんでもないことをしても、どこか憎めない男のように感じてしまいます。
(私は彼を見て、無責任男の植木等を連想してしまいました。)

 それに、掘削中の事故で耳が聞こえなくなった息子を、
ブレインヴューが冷酷に見捨てるように言われていますが、
劇中、最初に裏切ったのは息子の方です。
気性の激しいブレインヴューにしてみれば、
精神的に錯乱していたとしても、愛する身内の背信行為が
許せなかったのは当然でしょう。
 これは腹違いの弟を名乗る男に対しても同様で、
裏切られたと判れば、彼は言った通りの報復をしたのです。

 ブレインヴューは自分の欲望にとり付かれ、他人を全く信じなくなった男ではなく、
むしろ、信頼できる身内を欲して裏切られた、孤独な男に見えてくるのです。
その孤独は「ジャイアンツ」の石油成金、ジェット・リンクにも共通したものでした。
                               (☆☆)
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by am-bivalence | 2008-06-06 21:53 | 人間ドラマ | Comments(0)
「美しい友情物語」とは言えない、後味の悪さ 公式サイト

 この映画の原題は「The Kite Runner」。
主人公アミールの誠実な「友人」だったハッサンが、
アフガニスタンでの伝統的遊び、凧合戦で、
糸を切られて飛んでいく凧を追いかける名人だったことから付けられています。
 邦題の「君のためなら千回でも」はハッサンのセリフから引用しており、
原作の邦題も当初「カイト・ランナー」だったのが、映画公開にあわせ改題されたそうです。
 この邦題、映画を「美しい友情物語」と思わせるために付けられたようですが、
私には美しい物語のようには見えませんでした。

 確かに「友人」のハッサンは主人公に対し、
あくまで忠実であり、立派な少年です。
それに対して主人公アミールは自分勝手で、
彼の行動が理解できず、感情移入できなかったのです。

 アミールとハッサンは主人の息子と使用人の息子という関係。
ハッサン自身は否定しているものの、
ハッサンはアミールに召使のように従っていて、
大前提として、二人の間には主従関係が見え隠れします。
純粋な友人というより、主人と従者の信頼関係のように思えてしまうのです。

(以下、ネタバレ)

 ひどいのはアミールのハッサンに対する仕打ちで、
新年のお祝いで街を挙げての凧合戦の日、
ハッサンがアミールの命令を忠実に守ろうとして、
街角でいじめっ子にひどい暴力を受けてしまいます。
それをアミールは見て見ぬ振りをしてしまうのですが、
それだけなら勇気が無かったというだけで、
まだ同情の余地があります。
 しかし、アミールはその後ハッサンを、
あろうことか、いじめっ子に無抵抗だった弱いやつと軽蔑し、
嘘をついて親子共々家から追い出してしまうのです。
このアミールの心理は、私には理解できません。

 その後、内戦下のアフガンでハッサンが死んだことを知り、
生き残ったハッサンの息子を救出しようとするアミールの行動も、
ハッサンに対する"つぐない"から出た行動のようには思えないのです。
 なぜならアミールは父の友人から、ハッサンが自分と腹違いの兄弟で、
ハッサンの息子は主人公の甥に当たることを聞かされ、
やっと救出に行く決心をするからです。
 血縁でなければ、助けに行かなかったのか?
とつっこみたくなるところです。
それは命懸けで行くのですから、
「友情」だけではそこまで出来ないでしょうけど。。。

 ハッサンの息子はタリバンの虐待でひどいPTSDを負ってアメリカに来ます。
アミールがつぐないをするとしたら、これからでしょう。
                          (☆☆)
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by am-bivalence | 2008-04-04 00:30 | 人間ドラマ | Comments(0)